・イギリスの植民地と化す前のインドは、世界屈指の綿製品の製造大国であった。インド産綿製品は、欧州にも輸出され、大いに人気を呼んだ。特に、国民が羊毛を中心とした衣料品しかしらなかったイギリスにおいて、爆発的な人気を呼んだ(p29)
・1700年に、一部の綿布の輸入が禁止された。1720年には再輸出用を除く全ての綿布の輸入が禁止された。イギリスが自由貿易を叫び、インドを中心に輸出相手国の関税を撤廃させる、外交・戦争を始めたのは、産業革命により英国産綿織物の大量生産が可能になった後のこと。ついに1814年にはイギリスの対印輸出が輸入を上回(貿易黒字)った(p30、31)
・生産性を高める4つの方法は、設備投資・人材投資・公共投資・技術開発投資である(p31)
・GMO種子で世界最大のシェアを持つ「モンサント」は、2015.7.23に、GMOを規制する各州・郡の法律を無効化する法律を連邦議会下院で可決してしまった(p38)
・グローバリズムにおいて、特に罪深いのは、「ヒトの移動」と「資本の移動」の自由化である。理由は、国内の生産者(国民)が、外国の人々(賃金の安い外国の人々)と賃金切り下げ競争を強いられて、貧困化してしまうため(p46)
・我が国の対外純資産(367兆円)は、過去の日本の外国への直接投資、証券投資の合計と言える「対外資産残高:945兆円」から、外国から日本への直接投資・証券投資:578兆円、を差し引いたもの(p55)
・穀物自給率の低いオランダ(14%、日本は28%)は、農産物の輸出金額が世界で二番目に多いことで有名(p60)
・オランダは1830年代にジャワ島を獲得して、サトウキビのプランテーションを開始して、水田の五分の一をサトウキビ畑に変えた。サトウキビから黒糖を精製して欧州市場で販売することで大いに儲けた。当時のオランダは英蘭戦争に負けて国家存亡の危機に立っていたが、黒糖ビジネスはオランダを救った(p64)
・まずイギリスからの直接投資で、インドに綿花やケシなどの商品作物のプランテーションが設立、さらに輸出港に運び込むための鉄道網に対する直接投資、次いで、イギリスの投資家たちがインド鉄道債に資金を投じる証券投資があった(p68)
・日本が韓国を併合した以降の朝鮮半島の歳費は、およそ三分の二が日本政府の持ち出しだった、日本国民の税金が朝鮮半島へ渡り続けた(p86)
・欧米列強は支配下に置いた植民地の住民から「文字」を奪う、教育を施さず、文字による情報伝達を防ぐ。さらには植民地住民に階級を作り、互いに争わせる。そうすることで怒りを自分達に向くのを回避させる、オランダがインドネシアでやったやり方(p87、88)
・企業単体のビジネスは「経営」、家計のやりくりは「家計」、これらは対象範囲が一つの経済主体に限定されていて、経済とは異なる次元の概念である。にもかかわらず、経済について、経営や家計の感覚で理解しようとする人があまりにも多い。経済とは、生産者が付加価値を「生産」し、顧客(政府、企業、家計、外国)が「支出」し、「所得」が創出されるというプロセスが無限に動き続ける形で成立する(p98、100)
・生産させず、自国製品を輸入させ、所得を吸い上げる、ことが帝国主義諸国の黄金パターンの一つであった。帝国主義の目的は、土地そのものではなく、土地から上がる所得である(p105、112)
・帝国主義諸国は、植民地に対して「生産をさせない」ことで自らの国に所得を流入させる。GDP上の純輸出、経済収支上の貿易黒字として。生産を抑止するには、植民地の住民に、生産性を高める投資をさせなければいい(p107)
・第一次世界大戦が始まって欧米諸国がアジアに供給できなくなった時にアジアの市場の空白を埋めたのが、アメリカと日本である。戦後に、日本は世界第二位の対外純資産国になっていた(p108)
・ナチスを最終的に政権の座に就けたのは、ハイパーインフレーション(1922-23年にかけて384億倍の物価)ではなく、デフレーションであった(p117)
・グローバリズムが進み、諸国の貿易的・資本的な結びつきが強固であればあるほど、一国のバブル崩壊やデフレが世界中に伝播してしまい、最終的には戦争につながる危険が生じる、1991年の日本のバブル崩壊時に日本はデフレ化したが、グローバル化されていなかったので、国内問題であった(p117)
・維新の会を代表とする、いわゆる大阪都構想推進派は、やり方がナチスに酷似している。大阪都構想は2014年10月時点で大阪市議会で否決されているのに、直接民主主義でひっくり返そうとする発想がナチスである(p125)
・1933年3月23日、ヒトラー政権は無制限の「立法権」を政府に与える、全権委任法を成立させた。この日をもって、ドイツの民主主義は事実上終わり、第三帝国が始まった(p131)
・日本の国富には、生産資産、有形非生産資産、対外純資産に分けられる。2013年末で、各々、1601、1122、367兆円であるが、国民が自らの努力で増やせるのは、生産資産のみ。これは、設備投資・住宅投資・公共投資により蓄積され、GDP上の、民間企業設備・民間住宅・公的固定資本形成、という項目に該当する(p134)
・第四番目のドイツ帝国は、「相手国の住民から主権を奪い、あるいは主権を与えず、所得を継続的に吸収する仕組みを構築する」という、帝国主義の定義を完全に満たしているが、第三帝国と異なって、ドイツの民族主義に根差していない。国民の違いを無視して、制度・協定・条約に基づき統合されて事実上のドイツ帝国となっているのが特徴(p151、153)
・ECBは、2001年5月から団座苦的な政策金利の引き下げ(金融緩和)を行い、4.75→2%(2003.6)に引き下げた。これにより南欧諸国に不動産バブルが発生して、ドイツは南欧諸国に輸出して、貿易黒字と経常収支黒字を拡大した(p170)
・2007年のアイルランドを皮切りに、ユーロ加盟国で次々に不動産バブルが破壊した、ギリシア、スペイン、ポルトガルの景気が極端に悪化し、ギリシアは2012年に事実上デフォルトした(p173)
・ユーロ諸国のバブルが崩壊すると、ユーロ為替レートが加盟国に対して下落するので、ドイツはメイン輸出先を、非ユーロ加盟国に切り替える。その結果、ドイツ経済の輸出依存度は42%(アメリカ:9.6%、日本:14.6%)と極端に高い(p174)
・ドイツがユーロ圏の貿易において勝ち組(貿易黒字が大きい)になれるのは、イギリス領インド帝国において、イギリスが一方的にインドに綿製品を売りつけたのと同じ理由、生産性が高いから(p175)
・家計、企業、政府、外国(輸出)の四者が、同時に貯蓄することは不可能。通常の資本主義経済においては、家計が資産を増やし、企業は資産ではなく「負債」を増やして設備投資で経済を成長させる。4者の合計はほぼゼロになる(p182、185)
・ドイツは、家計・企業・政府という3つの経済主体が同時に黒字化して、貯蓄を増やしたにも拘わらず、GDPが激減していない。その分の赤字を負担させられたのは、外国である。政府の国債は金利が低迷している時期であるにもかかわらず、名目GDPが拡大し、税収増となる場合のみに、デフレ国の財政均衡は実現する(p186、187)
・共通通貨ユーロの弱点として、1)勝ち組と負け組に分かれていく、2)デフレに対応できない。国家としての主権である、金融主権と財政主権を持たない限り解決できない(p194、242)
・日本政府の場合、日本円の最後の借り手となるに際して、競争相手がいない。デフレで民間資金需要が不足している時期に、銀行は国民から借り入れた預金を最終的に、日本政府に貸すしかない。このとき日本政府はアメリカや中国と競争することはない。国債の格付けは意味をなさない、ギリシアとは異なる(p200)
・ギリシアがデフォルトしたのは、バブル崩壊後のデフレ時期であるにもかかわらず、緊縮財政を強行して国民経済(GDP)を縮小したから(p206)
・2015上半期だけで、ドイツでは難民収容施設に対して200件に近い襲撃が行われた。難民に対して寛容な政策をとった欧州が、難民問題で解体されようとしている(p238,239)