・最初(1587)に上陸させた分遣隊(115)は、次(1590)にやってきたときには影も形もなくなっていた(p27)
・タバコ農園で一旗揚げるつもりが行き詰ったので、知識が豊富なインディアンの娘(ポカポンタス)と結婚することでノウハウを得ようとした(p49)
・1619年にアメリカ大陸初の、植民地議会が開催、奴隷制導入も同じ年(p52)
・13州は、3つの植民活動から生まれている、ヴァージニア植民地から生まれた5州(メリーランド、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア)、ニュウーイングランド植民地(マサチューセッツ州東海岸にピューリタン入植)からうまれた4州(マサチューセッツ、ニューハンプシャー、ロードアイランド、コネチカット)、ニューヨーク州を中心とした4州である(p56、84)
・当時の教皇がヘンリー8世の離婚に反対した本当の理由は、王妃キャサリンが、スペイン王室の王女だったので(p72)
・予定説を認めてしまうと、教会やキリスト教という宗教そのものの存在価値がなくなるので、殆どの神学者はこれを気が付かなかったことにしていたが、カルヴァン派は、キリスト教史上初めて、これを主張した(p80)
・ニューイングランドは、本体のマサチューセッツから、ローズアイランド・コネチカット・ニューハンプシャー州が分離した(p89)
・1630年以降、北米東海岸は、北部(プリマス):イギリス、中部(ネーデルランド):オランダ、南部(ヴァージニア系):イギリスに分かれていた(p102)
・ニューネーデルランド、および、ニューアムステルダムは、新しいヨーク公の町という意味で、ニューヨークに改められた(p103)
・ニューヨークから、ニュージャージー、ペンシルバニアが分離し、ペンシルバニアから、デラウエアが分離(1704)した(p115)
・バージニア南部を切り離して、名づけられたのが、カロナイナである。北部には自営農民、南部には大地主がいたので、利害対立が起きて、ノースカロナイナとサウスカロライナに分裂した。サウスカロライナの南部を切り離したのが、ジョージア植民地(1732)である(p117)
・フランスは、ヌーヴェルフランス、と呼ばれていた土地を実効支配していたわけではなく、ビーバー毛皮の独占貿易を行う勢力範囲としていただけである(p139)
・1765年のイギリスの国家収支は、債務が国家債務の13倍、その利子だけで歳入の半分で破たん寸前であったので、砂糖法・印紙法等を制定して新税をかけた(p146)
・紅茶の代わりにコーヒーを飲もうとしたが、コーヒーも高いので、薄めて飲めばよいだろうとして生まれたのが、アメリカン・コーヒー(p155)
・ワシントンが大陸軍総司令官として、最初にやったのは、1)黒人をただちに除隊、2)下士官兵が将校を選ぶシステムを廃止、3)上官に口答えする不届き者は、むち打ちの刑にする、であった。黒人除隊だけは折れたが、それ以外は強行した(p192)
・アメリカ独立宣言に基づいて建国されたアメリカ合衆国では、白人男性以外の人たち(黒人奴隷、インディアン、白人女性)が、政治・経済・社会全般において、差別待遇を受け続けてきた(p203)
・アメリカでは、文盲テスト、を実施して、読み書きできない者には投票させない、というシステムがあり、殆どの黒人は投票できなかった。このテストの廃止は、1971年(p204)
・アメリカが独立戦争を勝ち抜くには、絶対的な同盟国が必要、そこで独立戦争の始まった1775年の翌年の76年に「独立宣言」を発して、フランスに大使を派遣した(p222)
・フランスは、16億リーベルの借金がありながら、20億リーブル(歳入4年分)もアメリカに軍事資金を与えて、自らも参戦した(p223)
・フランスが参戦すると、同じブルボン朝のスペインも翌年に参戦、さらに翌年には、英蘭戦争で制海権を奪われたオランダも参戦した(p224)
・多国家間で話し合った国際会議の場合、たとえ、会議で一定の合意に達して(可決)も、それがすぐに効力を生む(発効)わけではない。自国へ持って帰り、国会で承認(批准)されて初めて、発効となる(p248)
・当時のアメリカ人にとって、「13の邦」こそが主権国家であり、合衆国は「国家の連合体」にすぎなかった。主権はあくまで「13邦」にあるので、徴税権・常備軍保有権・通商統制権は、すべて「邦=ステーツ」に与えられた(p250)
・1787年の北西部領地条例では、領地から、邦・州に昇格する規定を定めたもの。領地は、その地区の住人が5000人を超えた場合、自治議会の設置が認められて「準州」となる、そこに住む成年男子自由民の数が6万人を超えると、州に昇格して、独立13州と同等の権利が与えられる(p253)