・過去の世界経済覇権の変遷に確固たる法則(オランダ、イギリス、米国)があるのであれば、世界経済の覇権を握るまでの60-80年間に働き盛りの人達を戦争や疾病で失い、一番長く不況に苦しんだ国である、さらに世界一のエネルギー効率を達成した国、経済力に対して軍威力が弱いという法則に適合するのは、日本である(p4、9)
・大量公共交通手段としては、ガソリンエンジン自動車の普及は、鉄道網に比べてエネルギー効率上の後退を意味した(p10)
・帝国は外交的で自信満々だが、実はむき出しの武力支配を行っている、一方で経済覇権国は陰気で引きこもりがちで、文化の吹き溜まりとなった地域から勃興する(p26)
・騎士階級が役立たないということよりも深刻なのは、騎兵とは社会的な身分を示す呼称であり、騎兵には戦場で果たすべきはっきりとした役割が無かったということで、戦術上はあまり大きな意味を持たなかった(p81)
・ハンニバルの騎兵部隊に勝つために騎兵の数を増やすには、政治制度と身分制度を変える必要があった(p84)
・オランダは帝国化しないままにイギリスに覇権を譲ったので、ふさわしい老後を今も送っている(p104)
・そのときの覇権国に正面から挑戦した国は、過去に一度も覇権国になっていない(p106)
・オランダが原始的蓄積をできたのは、低収益でも安定していた塩漬けニシンの加工販売、オランダ東インド会社の各支店中で、最大の稼ぎ頭は日本の出島での営業であった(p114)
・イギリスは、スペイン・ポルトガルが中南米の植民地から掘り出してきた金銀財宝を積んだ船を、海賊船・私掠船をくりだして強奪するという事業で、欧州最強国への道を歩み始めた(p115)
・イギリスは初めのうちは、ポルトガル商人から黒人奴隷を卸売りしてもらっていたが、それでは高収益が得られないので、奴隷を積んだポルトガル商船を丸ごと強奪(利益率100%超える)することに方針を変えた(p117)
・1790年代にはイギリスの船は年間ほぼ4.5万人もの奴隷を輸出していて、全取引の60%に相当、奴隷貿易から撤退した1807年直前でさえ、好調であった。奴隷貿易は工業化への資本を提供した(p122)
・イギリスは、スペイン領のカリブ海と中南米に対して、アフリカから奴隷を輸送して売却できる独占権を獲得して、一部をスペインへ権利金として治めることで、奴隷貿易は正規貿易となった(p125)
・アン女王が1711年に設立を許可した南海会社がその窓口となり、リバプールは奴隷貿易の拠点港となった(p125)
・イギリスは、16-18世紀までは「大西洋とカリブ海をまたにかけた奴隷の三角形」、18-19世紀には「太平洋とインド洋をまたにかけたアヘンの三角形」を創出した(p133)
・奴隷よりも供給ボトルネックのないアヘンをインドで栽培し、中国に売ることで、アジアに大国から富を奪い、ヨーロッパに移転してイギリスを経済大国にした(p134)
・奴隷貿易の滞り(1720-40年)が産業革命を、1820-40年代のアヘン貿易の滞りが鉄道大増設に繋がった(p135)
・第二次産業革命のまっただ中の1820-70年までの経済成長率は年率2%程度であり、産業革命は大した事件ではなかったという議論もある(p139)
・産業革命が偉大だったのは、庶民の生活を大きく変えたこと、それまでは金持ちしか着れなかった木綿織物が毛織物よりも安くなった、これは経済成長率には反映しない(p140,142)
・産業革命による服地の羊毛から木綿への変化が、イギリス国民の衛生環境を変えた、これにより1655年以降のペストの大流行がなくなった(p142)
・名誉革命のあった17世紀末には貴族とジェントルマンは合わせて、人口比が2.8%、貴族よりはずっと低いジェントルマンの年収でも、労働者の年収の約19倍、19世紀末には人口比は1.39%と半減するが、格差は拡大した(143)
・欧州経済が大きくなったのは、イギリス本国で工場生産された綿布のインドでの大量販売定着、インド栽培したケシから精製したアヘンを中国に売り込むようになった19世紀半ばから(p147)
・1825年にインドから中国へのアヘン貿易が多くなってから1898年までアヘンが最重要貿易品であった(p153)
・インド人大衆には、アヘン栽培をするか、東インド会社軍の傭兵、飢え死にするしか選択肢はなかった(p158)
・イギリスが北米13州と、その主要な植民地を同時に領有したことはない、インドを確保することにはアメリカを失っていた(p161)
・北米13州を獲得した頃のイギリスは、実り豊かな東南アジアか、貴金属の多い中南米を欲しがったが、オランダ・スペイン・ポルトガルの牙城に割り込めなかった(p162)
・イギリスの世界覇権は、欧州列強との戦争に勝ことではなく、戦争を避けること(例外はクリミア戦争)で達成された(p172)
・スペインの誇る無敵艦隊との国を存亡をかけた戦いにおいても、正規軍よりも海賊船・私掠船が活躍していた(p186)
・アメリカ憲法2条にある「国民の武装自衛権」は、大きな軍事機構を常設するよりも、国民の武装権を認めておいて、一朝ことがあれば自前の武器を持参した民兵集団を兵役につかせたほうが良いという発想(p211)
・北部諸州が南部諸州の合衆国から離脱するのを防ぐために行った内戦である南北戦争が、両軍あわせて62万人という多くの戦死者を出した(p212)
・1920年代くらいまでは、アメリカ1国が石油エネルギー源の供給の7割を独占した(p215
・単一企業、組織としての雇用者数で多いのが、アメリカ国防省と中国人民解放軍である(p237)
・軍備とは、軍事利権屋にとって高い利益率を延々と稼ぎ続けることができる、高収益な事業(p239)
・アメリカは大学卒業資格への投資リターンが非常に高い国、大卒以上の生涯所得は、高卒以下の1.7倍(p260)
・企業によるロビイングの驚異的な投資収益率は凄い、石油メーカの場合は5900%、薬品会社は77500%(p267)
・第一次世界大戦では、連合国も同盟国も凄まじい数の死傷者を出した、日本は1000人程度に対して、オーストリアハンガリー帝国は362万人、フランス・ドイツ・ロシアも400万人以上(p281)
・第一次世界大戦は、帝国利権を擁護する勢力と打破しようとする勢力の激突であった(p301)
・覇権国と帝国が同義語でも類義語でもなく、むしろ反対語である(p317)