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summary

日本が「人民共和国」になる日 (WAC BUNKO 257)

日本が「人民共和国」になる日 (WAC BUNKO 257)の写真

・企画は、最初のアイデアを思いつくのが一番難しくて、それさえ考えついてしまえば、その料理方法はそれほど難しくない(p21)

・マスコミ、野党、そしてそれに影響された国民世論は、全面講和を支持していた。だが政府与党は、単独講和こそ日本を救う道として、これに踏み切った(p182)

・戦前は、戦闘で負けて捕虜になったら軍人はどうふるまうか、ちゃんと考えておくべきであったが、それを言うと「わが帝国陸軍、海軍が負けるなどということがあるわけがない、捕虜になるのはとんでもない」と言われておしまいであった。人間はそれに備えないので、結局負けてしまう(p301)

・日本とアメリカの海軍の軍艦の運用で徹底的に違うのは、ダメージコントロールがあること。そのための専門の要員が何百人も乗っているが、戦前の日本にはそういう要員が一人もいなかった(p301)

・戦後の黒船は、北朝鮮のミサイルとも言える。93年にノドンが初めて発射されたとき、後のテポドンなどに比べれば性能も大したことはなかったが、日本にとっては明白な脅威であった(p315)

・日本に革命が起こらなった理由として、社会党・共産党といった旧左翼と、学生を主体とした新左翼の間に深い亀裂があり、旧左翼は新左翼の全学連主流派をトロツキストと攻撃した(p325)