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歴史教科書が教えてくれない 日本建国の謎

歴史教科書が教えてくれない 日本建国の謎の写真

・アングロ・サクソンの語源でもあるアングル人、サクソン人は、デンマーク南部や、その少し南、ドイツのザクセンにいたゲルマン民族(ドイツ人)出会う、アングル人の語源は、デンマークん暗部のアンゲルン半島から、サクソンはザクセン人から来ている。イングランドというのは、アングル人の土地という意味になる。イギリスという呼び名は、エゲレスというポルトガル語のイングランドの呼称が訛ったもの。現在のイギリス王朝の始祖は、1066年にイングランド王国を征服したフランス北西部のノルマンディー公爵、ギョーム2世=ウィリアム1世として即位し、現在のイギリス王室が始まった(p20)

・古事記と日本書紀、なぜ同じ時代に二つの歴史書が描かれたのか、編纂の方針や目的が違う。古事記は、主に天皇の存在や皇位継承の正当性を国内の人々に示すことが目的、日本書紀は、中国の歴史書に倣い、いわゆる「正史」として描かれた(p25)

・日本は、神話の時代から続いている世界で唯一の国である、神話時代からの歴史を知ることが、現在の日本の混迷を打ち砕く鍵になる(p30)

・天浮橋からオノゴロシマ(淡路島周辺の小島=昭島・絵島)に降りた二人(イザナギ・イザナミ)の神は結ばれ、八人の子供=島を産んだ。産まれたのは、淡路島・伊予の島(四国)・次が、隠岐の島、筑紫の島(九州)、さらに、壱岐の島、対馬、佐渡、と産まれ、最後に誕生したのが「大倭豊秋津洲、つまり本州である、これら八つの島を大八島と呼ぶ(p36)

・イザナミの左眼から、アマテラス(天照大神)、右眼からツクヨミ(月読命)、鼻からスサノオ(素戔嗚命)の三貴子が誕生、伊弉諾は三貴子にそれぞれ、高天原・夜・海原の統治を委ねる(p44)

・世界最古の土器は、青森県の大平山元遺跡から出土したもので、約1万6500年前の遺物である(p49)その理由として、四大文明は、人々が狩猟・採取生活から、森を切り開いた上で、農耕・牧畜生活に移ったことで始まったので、土地が砂漠化する。当初から木材資源が貴重だった地域では、土器の文明が発展しにくかった(p51)

・日本は、成人T細胞白血病ウイルスのキャリアを持った、ツングース族・オーストロネシア語族が南北から日本列島に流入し縄文人となったと考えられる、1万年以上も前。(p1057)

・三種の神器とは、天岩戸伝説で使われた「八咫鏡」と「八尺瓊勾玉」「草薙剣」である、「八咫鏡」は伊勢神宮の御神体である天照大神の分身、で伊勢神宮にある。「八尺瓊勾玉」は皇居、「草薙剣」は熱田神宮に御神体として納められている(p74)

・須賀神社は、古事記に記された日本初のお宮(神社)隣、島根県雲南市にある(p76)

・古事記や日本書紀が正しいと証明する技術や科学の発展としては「地形」がある、地形学の発展が、神武天皇の東征に関する古事記や日本書紀の描写の正しさが証明できた(p113)

・熊野とは「神の」という維持を持つ(p137)神代三剣のうち、二本が石上神宮(奈良県天理市)にある、古事記・日本書紀にその名を残し「神宮と称したのは、伊勢神宮と石上神宮のみで、日本最古級の神社となる(p139)神武天皇が即位した地に建てられたお宮に建てられた神社が、橿原神宮である(p148)

・擬似倭人伝が含まれる三国志の中に書かれている、倭人は正しい歳の数え方や4つの季節を知らない、春の耕作の時に1年、秋の収穫の時に1年と、1年を2年で(春秋年)数えていた(p151)春秋年を用いた場合、神武天皇が橿原で即位したのが、紀元前70年であった(p153)