・資源価格の上昇を製品価格に反映できなくなったのは、グローバル以前は先進国は先進国に対して主として輸出していたから(p18)
・95年度から08年度まで大企業の売上高は43兆円増加したが、変動費は50兆円増加した、95年以降に起きた資源高はオイルショック後の売上高変動費率の努力を吹き飛ばした(p23)
・16世紀から1973年のオイルショック前後までは、できるだけ交易条件を有利にした市場を拡大していけば、名目GDPを増加できる資本主義経済の構造になっていた(p30)
・日本は戦後60年間がんばって1500兆円の金融資産をつくりだした、欧米主導の金融空間では、たったの13年間で100兆ドルがつくられた(p36)
・OPECが価格決定力を持ってしまったのに対して先進国側が反撃したのは、石油を金融商品化して、国際石油市場を整備して、石油を戦略物質から市況商品に変えたこと(p41)
・ニューヨークやロンドンの先物市場で取引される1日当たりの生産量は、100万バレルで全体の1.5%程度であるが、何度も相対取引されるので、取引量では1億バレル以上になり価格決定力を持つ(p42)
・イラク戦争とは、イラクにある石油利権を囲い込むための戦争だったのではなく、ドルを基軸としてまわっている国際石油市場のルールを守るためのものであった(p47)
・アメリカの脱領土化の代表例が、価格決定がアメリカ先物市場にゆだねられていること、石油をドルでしか売買できないという経済システムにある、アメリカは中東石油を必要としていない(p50)
・イタリア(ジェノバ)、オランダ、イギリスの順に、利潤率(国債の利子率)の低下をうけて、次の国(今はアメリカ)への覇権交代が起きている(p67、図6)
・どの覇権交代の場合も、実物経済がうまくいかなくなって、利潤率が低下することで金融化が起きて、ある種のバブル経済が起きる、そしてその国のヘゲモニー(覇権)が終わりになる(p69)
・リーマンショックに象徴される金融危機はこれで最後ではなく、今後新興国で起きるであろうバブルのほうが大規模である可能性が高い、これは中世から近代へとシステムが変わった時に匹敵するような大きな構造変換である(p76)
・歴史の断絶点は、産業革命の18世紀よりも空間革命の16世紀である、産業革命に必要なクジラの油は、この時代の最大の捕鯨国であった(p85)
・グローバル化が進展した1870年から2001年まで着目すると、地球の人口の15%だけが豊かな生活を歩むことができた、15%(最大で10億人程度)が資本主義のメリットを受ける人々の定員である可能性が高い(p105)
・1600年当時のイギリスの軍司令官は、王室から略奪の許可証をもらった海賊であり、イギリスの海賊はたんなる強盗とは異なり、カトリックの船しか襲わないという規律があった(p123)
・イタリアのジェノバで金利が1619年に1.125%になったということは労働分配率が上がりすぎて領主が利潤を得ることができなくなったことを意味している(p133)
・アメリカが上手くいっていたのは、年間8000億ドル経常赤字であっても、1兆2000億ドルの資本注入があって、残りの4000億を海外投資してリターンを出していたから(p137)
・日本のバブルは、アメリカがソ連と軍拡競争をやっていた背景がある、16世紀にはスペインはオランダを戦争をしていて、それをイタリアの銀行家が支えていた、日本とイタリアに類似性あり(p168)
・バブルが崩壊した時に日本は米ドル債を売って資本回収をした、ドイツも同様に売ったので、アメリカはS&L危機が起きてしまった(p173)
・新興国の一人当たりGDPが2万ドル(日本やアメリカは4万ドル)になると、新たな国際的協調体制が生まれる、イギリスとスペインが100であったとき、イギリスやオランダが50になってきたときにウェストファリア条約(1648)が締結された(p225)
2011/7/2作成