・アメリカに欠如した中世として、1)奴隷制度の廃止(奴隷を1000年かかってなくした)、2)騎士道の欠如、がある(p13)
・勝った方が話し合って土地を取るなり、賠償金をとることはあっても、負けた相手を裁くという発想は、国際法の基本中の基本とされる(p16)
・当時の大学(江戸時代あたり)は主として牧師を養成する学校であり、職業の専門技術を習得するのはアカデミー(p33)
・イギリスはアヘン戦争以来、多くの利権をシナに持っていたが、満州にはりついたロシアが南下した時にこれを抑える力がないことを自覚した、そこで自国権益を守るために日本との同盟をした(p51)
・アメリカの海兵隊は日本を意識して作られた、大統領が議会の許可を得ずに使える軍隊で、海戦のみならず島を攻めて占拠可能な専門部隊として日露戦争後に創設(p60)
・1924年の絶対的排日移民法は、それまでの州法でなく連邦法となった、国家として日本の移民に扉を閉ざした(p67)
・東京裁判で根拠となった9か国条約は期限の定めがなく条約違反にならない、日英同盟は10年ごと、日米安保条約は1年ごとに更新している(p74)
・アメリカなどの反対にもかかわらず、満州国は世界の独立国のうちバチカンを含む約半分から承認を得た(p77)
・捕虜となるには、軍服を着ること、武器は外に持つ、複数の場合はリーダーがいるという条件が必要、そうでなければ投降兵となる(p92)
・山本五十六は飛行機の将来を見て海軍航空隊を育てたのは褒められることだが、自分が戦場に行かなかったことは残念、日清戦争の司令長官(伊東)、日露戦争の司令長官(東郷)も前線で戦った(p107)
・ミッドウェー島を失ったらアメリカは陸軍を西海岸へ集める必要があり、北アフリカ戦線でイギリスを助けられず、ドイツのロンメル将軍がスエズを落としてイギリスの降伏となる可能性があった(p110)
・開戦時の戦闘機の質と練度は日本は圧倒的、魚雷も日本が優れていた、日米の戦力がつきはじめるのは、ガダルカナル島攻防以後、ゼロ戦のベテランパイロットをほとんど失った(p114)
・終戦間際に、紫電改を集めて、ベテラン飛行士を投入して松山航空隊をつくって、アメリカの機動部隊の飛行機を落としたが、あとが続かなかった(p117)
・昭和天皇が政治に関して意思を述べたのは2回のみ、1)226事件、2)ポツダム宣言受託、である(p121)
・アメリカ人の弁護士で、「原爆を落としたので、日本には復讐権が生じた」と応じた人がいる(p128)
・マッカーサーが満州の爆撃や東シナ海の港の封鎖をアメリカに求めたとき、トルーマン大統領は1951年に彼の司令官の職を解いた、このとき、マッカーサーは東京裁判における日本の主張(自営のための戦争)が本当であったことを気付いた(p142)
・A級戦犯は、サンフランシスコ条約(1951年)の規定(11条後半)に従って、関係国と交渉して、彼らの赦免、減刑、仮出獄を実行し、年金ももらえるようにした(p146)
・1952年に結ばれた日華平和条約や、11条の規定は除外する
ことが明記されている、中華人民共和国は中華民国の責任を引き受けるという立場で国連の常任理事国になったので、現在の中華人民共和国をそれを受け入れたことになる(p148)