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summary

土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話

土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話の写真

・1年で1エーカあたり、ミミズは10-20トンの土を押し上げいることに、ダーウィンは気づいた、これは1年に3-6ミリ程度堆積することを意味していて、ローマ時代の廃墟が埋もれたことを説明する(p13)

・ミミズはわずか2-3世紀で、土を完全に耕したことを近年の研究は証明した(p16)

・皮膚は、私たちの身体と重要な臓器を紫外線で守っている一方で、健康な骨を作るために必要なビタミンDの生成のために、日光を通す必要がある、この両者の綱引きにより、肌の色が変わった(p36)

・殆どの家畜は、紀元前1万年から6000年の間に家畜化された、例外は2万年以上前からの犬(p45)

・ヨルダン中部の表土の浸食と土壌の生産性低下は、集約的農業とヤギの放牧が引き起こした(p47)

・シュメール文明の農業が塩類化に弱かったのに対して、ナイル文明は強かった、ナイルの洪水が毎年川沿いの農地に新しい土壌を運んできた(p53)

・ローマの農業が衰退(浸食を促進した)理由として、都市に住む地主が広い農場を奴隷監督に任せたため、プランテーション所有者も同じ(p81、182)

・北アフリカの属州は可能な限り穀物を生産する圧力にさらされていた、政治的配慮から帝国は穀物を無料でローマ全市民に供給することを強いられていたから(p85)

・農場の奴隷を働いている土地から引き離すことを禁じるローマ法が制定され、これが農奴と土地を所有する中世の農奴制の基礎になった(p89)

・マヤの農民は丘斜面を段にして作物を植える平らな地面を作り、地表を流れる水による浸食を遅らせると同時に、水を畑に導いた(p101)

・ヨーロッパの壊滅的な打撃を与えた1315-17年の飢饉は、人工が農業システムの支えられる限界に近づいたときに天候不良が影響すればどうなるかを示している(p122)

・アイルランドはジャガイモのみに依存していた(牛肉、豚肉、青果はほとんどがイギリスへ輸出)、1845-46年のジャガイモの収穫が壊滅的となり、100万人が死亡、100万人がその間に移住、さらに300万人が50年間でアメリカに向かった、1900年の人口は1845年の半分程度(p145)

・欧州は繰り返される飢餓問題を人間の輸出(移民)で解決した、1820-1930年にかけて、5000万人が移住した(p148)

・アマゾンの移民は、一度に広い範囲を伐採し、過放牧で浸食を加速させて土地から生命力を搾り取っている(p157)

・アメリカでは圧倒的な利益をタバコが生むので、多様な作物を栽培することはなかった(p160)

・フランクリン・ルーズベルトは、移民開始から20年程度で砂漠化していることに直面し、1934年11月に残った公有地への入植を停止して、開拓移民の時代を終わらせた(p207)

・1992年の報告で小規模農家は、大規模農家に比べて単位面積あたり、2-10倍の作物を栽培していることが判明した(p216)

・稲作は当初は乾燥地農業であったが、2500年程前に水田での栽培が始まることで、悩みの種であった「窒素の減少」を解決、よどんだ水が窒素固定作用を持つ藻を育て、それが肥料として機能した(p245)

・リン鉱石を硫酸で処理すると、すぐに食物が利用できる水溶性のリンが生成される、これば肥料の始まり(p250)

・1838年に肥料以外では、マメ科植物を栽培すると土壌窒素を保持するが、麦類には無いことを発見した(p251)

・1850年代には、アメリカとイギリスは肥料として、ペルー産のグアノを年間100万トン輸入した(p252)

・1881年にボリビアはグアノの島への経路をめぐる戦争に敗れてチリに太平洋岸を奪われた(p254)

・草刈をした後は、その草は腐るにまかせている、1週間としないうちにミミズの穴に引き込まれるので(p276)

・産業革命以降、大気中に蓄積した二酸化炭素の3分の1は、化石燃料ではなく土壌有機物の分解に由来する(p292)

・キューバは農業を現地の条件に適用させることで、生物学的な堆肥と害虫駆除の手法を開発、砂糖の輸出をやめて、食糧を輸入せず、農業用化学製品を使用せずに食生活は10年で戻った(p317)

・文明の寿命は、最初の土壌の厚さと、土壌が失われる正味の速度の比率によって決まる(p323)