・イギリス本国でも君主の統制下にあった常備軍とは別に「民兵制」の伝統があったので、植民者もそれを維持することに抵抗感はなかった(p4)
・英仏間で植民地戦争が多発するようになると、各部族は英仏それぞれと同盟して戦った、仏領の場合は、貿易関係にあったが、英領の場合には、土地を所有する欲求が強く衝突が多かった(p5)
・16世紀末からイギリスは航海条例を制定して、植民地と本国の貿易を自国船で独占しようとした、その結果、自由貿易を主張するオランダと対立、1650-70年代にかけて3回、英蘭戦争が勃発、勝利したイギリスが制海権を得た(p13)
・アメリカの独立戦争時、イギリスの人口は800万人に対して、アメリカは250万人に過ぎなかった(p24)
・1778.2に、アメリカの独立を承認して、英仏同盟が締結、1778.6には英仏間で海戦勃発、フランスにとっては、7年戦争の敗北に対する報復戦の始まり、1779.6にはスペインも対英参戦した(p29)
・1783.9.3にアメリカ独立を承認する講和条約が締結、アメリカが主張したカナダ併合は拒否されたが、ミシシッピ以東の土地をイギリスは譲渡した(p32)
・独立戦争に動員された正規兵と民兵の合計は1.0%、南北戦争の1.6%に次ぐ多さ(p32)
・ジェファソン大統領の最大の業績は、1803年にルイジアナを1500万ドルで購入したこと(p42)
・1842年にメキシコ政府が奴隷制を禁止する憲法を制定すると、奴隷制を容認するテキサスの慣行と対立し、1830年にメキシコ政府はアメリカ人の入植を禁止した(p59)
・リンカーンが大統領になって、南部諸州は、サウスカロナイナ州を先頭に、続々と連邦から離脱を表明して、1861.2にアメリカ南部連合(最終的に11州)をつくり、バージニア州リッチモンドを首都とした(p71)
・リンカーンは、南部連合に加わった反乱州に限定してのみ、奴隷制を廃止する予備宣言を発表し、1863.1にその内容を正式の「奴隷解放宣言」とした(p78)
・南北戦争を勝利に導いた共和党の影響が圧倒的で、大統領も共和党から選ばれた(p89)
・第一次世界大戦での死者は民間者も加えて、1500万人となった、第一次世界大戦が、前線と銃後の区別がなくなる「総力戦」として戦われたから(p131)
・第一次世界大戦で、英仏はアメリカから巨額の借金をしていたので、その返済をするためにもドイツから巨額の賠償金を取り立てる必要があった(p133)
・トルーマン大統領は、朝鮮戦争を半島に限定するように強く求めるとともに、中国の姿勢を軟化させるために、台湾に代えて中国を国連に迎え入れることを提案した(p176)
・朝鮮戦争は、双方合わせて146万人の死傷者、韓国側の民間人の死傷者は99万人、北朝鮮側は難民68万人を加えて268万人にも上った(p178)
・ベトナム戦争は、のべ270万人を投入、戦死者5.8万、負傷者27万、ベトナム側は120-170万、徴兵拒否者は21万、不名誉除隊は56万人、アメリカは南ベトナム政府防衛に失敗したのでアメリカにとって史上初の敗戦(p197)
・湾岸戦争において、スマート爆弾は非常に高価であり、実際に投下された8.8トンのわずか7%、残りは命中率25%の通常爆弾を使用した(p213)