・人生最初に出会った言葉と、後に習った外国語とでは、脳内で言葉に関連付けられた感性情報の量が圧倒的に違う(p11)
・まぶしい朝を迎えることの多い日本人は、朝にアサAsaという言葉を与えた。喉も口も開けるAに、舌の上に息をすべらせて口元に風を作るSの組み合わせ、まさに爽やかな解放感の言葉である。オハヨウも、ハの開放感が目立つ、弾むような挨拶語である(p12)
・その国の風土と人々の意識とによって、長く培われてきた言葉が、母国語である(p14)
・日本と英国は、言語の構文、狩猟民族か農耕民族か、宗教、風土等の違いを超えて、母国語のありようという点で、似ている。前者は神の住む国で、後者は妖精の住む国。どちらも、ファンタジーを作られたら超一流。男の美学を、言葉ではなくスタイルで提唱するのは、この二つの国の男たちの特徴かもしれない(p16)
・日本人が欧州由来の、ピ・ヴィなどの音を使い始めて400年余になるが、いまだに欧州由来の、F音・V音が日本人の本名に使われることは殆どない。言葉の音が民族に根付くのには時間がかかる(p17)
・アメリカ英語は、様々な骨格の人々が発音しやすいように、イギリス英語に比べて子音が軽やか、ノリもよく外国人にも覚えやすい(p20)
・全ての子音を母音とともに発音し、母音の響きでニュアンスを伝えあう日本人は、直後の母音が微調整しにくい破裂音、強い摩擦音が苦手。これらの音は、息を強く使わなければ出せない、直後の母音の音響をやわらかく制動できないこれらの音を、日本人は乱暴で下品な音だと思っている、しかし砂漠・土挨の舞い上がる大地では、口をあまり開けずに強い音を出せるこれらの音は重宝される(p23)
・現在、日本語と同じように母音を主体に音声認識をする言語として確認されているのは、ポリネシア語族(ハワイ語もこの仲間)のみである(p30)
・欧米、アジア各国の言語においては、すべて子音を主体に音声認識をしている、脳において母音は、ことばの音として認識されておらず、右脳のノイズ処理領域で「聞き流して」いる。話者の音声を、母音で聞く人類と、子音で聞く人類とに二分される。日本語は圧倒的に少数派の方式の言語(p31)
・風土や、そこに住む人々の骨格から生み出された土着の言葉でない言葉を使うのは危険であると、強く感じている。風土と乖離した言語を使うということは、母国語を捨てるということ(p33)
・英語交じりの日本語で育てられた子供の母語は、ゆがんだ言語モデルを手に入れる。ただし、外国で育った場合や、両親の母語が異なる場合は違う。(p36)
・脳に母語の機能が定着する12歳を越えたら、何語でも何か国語でも、好きなだけ勉強ができる。大人たちが英語を公用語にすることは問題にならない。問題は、そういう制度にすると、若い母親達の気持ちがはやって、子供たちの日本語習得の環境が脅かされるところにある(p39)
・ヒトは3歳までに、母親と肌を合わせ、呼吸を合わせ、笑ったりすることで言語の基礎を獲得するとともに、外界認識の基礎、コミュニケーションの基礎を作り上げる。母語形成の道のりで、人になっていく(p44)
・子供の母語形成を豊かなものにしたかったら、この時期、夫(子供の父親)は、子供のことより、むしろ妻の精神状態に注意を払わなければならない(p45)
・日本人は、主題にあたる句の後には、ア段の助詞を添える。これからこの話をするから、まっさらな気持ちでありのままに受け入れてね、という暗黙の了解を求めている(p48)
・さくら、は、息を舌の上にすべらせ、口元に風を作り出すSa、何かが一点で止まったイメージのKu、花びらのように舌をひるがえるRa、で構成された語である。つまり、語感的には、風に散る瞬間の花の象(しょう)を表す名称である。なので、日本人は、散り際を最も愛する(p51)
・母親の視線は、散る花びらを追っていて、豊満な枝ぶりのCherry Blossomsを凝視していない。娘は母親の視線を追うので、ことばの象と合っていない花の風景を見ることになる。母親の母語でないことばを、子供の母語に採択するのには相当の覚悟が必要であると主張する理由である。母親の母語出ない言葉で子供を育てると、ときに、言葉の語感と母親の意識がずれる。つまり、言葉の語感と、母親の所作や情景がずれる。子供の脳は混乱して感性のモデル(仕組み)を作り損ねる(p52)
・言語脳が完成する8歳までは、パブリック(公共)で使う言葉と、ドメスティック(家庭)で使う言葉は、同じ言語であることが望ましい。理由として、母語獲得の最終段階は、言葉の社会性を身につけることだから。母語獲得の臨界期は8歳であり、それまでに仕上げておかないと、未完成な母語で生きていくことになるから(p56)
・子供の脳のうちは、2つ以上の言語モデルを詰め込むと、母語の仕組みが壊されてしまう。子供脳が大人の脳に変容するのは12歳、特に、科学・設計・デザイン・芸術のよな分野で子供にクリエイティブな才能を発揮させようと思ったら、12歳までは脳を1つの言語モデルに閉じておく必要がある。オペレーション能力やコミュニケーション能力で生きていくなら、言語脳完成期を過ぎた8歳ころから始めても構わない(p63、64)
・ヒトは、耳ができて聴覚機能が揃ってから言葉を獲得し始めるのではない、体感で受け取る言葉には、聴覚は要らない。赤ちゃんは、母親の体感と意識に共鳴するので、言葉の意味だけを取り繕ってもダメ。喜びの言葉は、母親の湧き上がるような喜びと共にでなければ意味がない(p65、67)
・4歳から7歳までは、ことば・所作・意識の連携を学ぶとき。特に、所作の基礎が出来上がるときなので、様々な分野の洗練された所作を、子供の目の前で見せてあげたい(p71)
・9歳から11歳までの3年間は、感性と論理をつなげ、豊かな発想と戦略を生み出す脳に仕上げていく、いわば子供の脳の完熟期になる。この3年間に脳が獲得する機能は、コンピュータのOSのようなもの、これに比べたら12歳以降に手に入れる知識は、データファイルにすぎない。つなり脳の性能を決める大事な3年間である(p73)
・東洋の舞と、西洋のダンスとの違いは、自分が世界の中心にいる感覚(西洋)と、世界に対して自分を位置づける感覚(東洋)である(p82)
・フランス語は、比較的「拍」の概念がわかる言語なので、日本について成田でのアナウンスを聞いて機関銃の連打のように聞こえたのだろう。拍の概念を持たない英語人は、拍を認識してくれない。「さくら」と聞いても、三拍には聞こえず、勝手に、Sack・lerの二つの音韻の組み合わせに聞いている(p110)
・外国にいってしばらくすると、不思議とその国の言葉が聞き取れるようになる、それは、会話のリズムの規則性を脳が覚えて、その国の音韻単位で、相手の音声を認識できるようになるから(p111)
・大きなものに意識で共鳴するとき、「おー」は、最もしっくりする発音体感である。これに対して、退く意識が生じたとき、すなわり客観性・揶揄の意識が混じると、退く発音体感をもつ「へえー」となる(p127)
・中国由来の音読みの熟語の中には、ときとして、発音体感がずれているものがある。美女(中国語:meinu)の語感には、透明感やすっきりとした感じはなく、ぬれた思いイメージがある(p128)
・擬態語、擬音語において、Kには硬い固体感(カラカラ、カンカン、カチカチ、キラキラ、キリキリ、クルクル、ケラケラ、コロコロ、キッパリ)、Sには空気を孕んですべる感じ(サラサラ、シットリ、スベスベ、スルスル、ソロソロ)が、Tには粘性のある液体のイメージがある。これらは発音体感によって生じたもの(p131、133、139)
・Y音は、母音イから他の母音への変化で発生する、二重母音ともいうべき特殊な子音である。母音イからアへの変化「イア」で発音しているのが「ヤ」、母音イからウへの変化で発音するのが「ユ」、同じくオへの変化で発音するのが「ヨ」である、揺らぎの様相を表す(p134)
・H音は、気管をこする息の大戸、一度に排出される息の量が多いので、体温を感じさせる発音体感である。人間性のある安心感の音である(p135)
・二重母音型の子音として「W」がある、ウからアへの変化で発音する「ワ」と、ウからオへの変化で発音する「ヲ」だけ、整然とした動きを攪乱・膨張する役割をする(p137)
・Kには、硬く、強く、乾いた感じ、丸い感じが含まれている。Sには、爽やかさ、すべる感じ、適度な湿度感、切なさ、寂しさ、嫉妬、しめやかさ、不安感、Tには、粘性、充実感、確かさ、を表現する(p138-140)
・喉で息を溜めて発射させるのが、KとG、舌に息を孕ませてはじき出すのが、TとD、唇の破裂音が、PとB、息を喉壁でこするとH、上あごに滑らせて歯茎でこすると、SやZになる。Rは、巻き上げる舌で息を邪魔する。鼻腔側に息の力を抜いてしまうのが、MとN(p146)
・言葉の音のうち、子音が質感を、母音が三次元イメージ(動きを伴う空間イメージ)を作り出して、ことば全体のイメージが出来上がっている(p147)
・開放する「あ」尖る「い」内包する「う」おもねる「え」包み込む「お」、Kは「きっぱり」、Sは「爽やか」、Nは「親密、粘る」(p150)
・あいづちを打つときも、母音と一緒に言ってあげると相手は親密さを感じる(p160)
・英国人は母音を省かれても意味を解釈するには支障がない、母音には音響効果があるので省くと、ボリュームが上がらず、静かな場所でしか通じない(p166)
・心やすらかな語感のことば(親密な大和言葉)をどれだけたくさん交わしたかに、感性上の意味がある(p170)