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日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入したのか

日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入したのかの写真

・現代の世界情勢は第一次世界大戦直前の状況と多くの類似点を持っている、産業革命・IT革命の大きなイノベーションに続く、グローバリゼーション、各国は貿易を通じてお互いの距離を縮めながらも、国内では格差問題を原因とする国民分断の危機。新興ドイツがイギリス覇権を脅かしたように、中国がアメリカの覇権に挑戦している(p4、23)

・ナポレオン戦争(1803-15)の帰趨に大きな影響を及ぼしたトラファルガ海戦は、帆船による最後の艦隊決戦であった(p27)

・1845年に、外輪船とスクリュー船のどちらがけん引力が強いか実験をした結果、勝ったスクリュー船が主流になった(p31)

・1853年にロシア艦隊は、炸裂弾を利用してオスマン艦隊をほぼ全滅させた、これ以降、木造の船体を鉄板で装甲した装甲艦という艦種が登場(p33)

・本八幡駅は、JR(日本鉄道由来の1067ミリ)、都営新宿線(京王電鉄と同一の馬車鉄道1372ミリ)、都営浅草線と接続するために京成線は標準軌(1435ミリ)なので、どの線路も接続できない(p37)

・1869年、22歳のエジソンは、株価情報機器ティッカーマシンを改良して特許を取得、これが4漫ドル(現在価値で数億円)で売れて、後の発明家となる元手となった(p43)

・一般統治権と軍の統治権は分離された、陸軍大臣が軍政(軍事行政)を担当し、軍令(作戦・用兵)は議会から独立した国王に直結する参謀本部が担うという二元的軍制であった(p47)

・普仏戦争でドイツが短期間で勝ったのは、ビスマルクによる卓越した外交、クルップ社の高性能大砲、国民皆兵制度と連携した鉄道による動員システムであった(p51)

・日本の徴兵令は1873年からだが、徴兵検査の結果(甲乙丙丁)の甲種から抽選で選ばれた(現役兵)、日清戦争で5%、満州事変直前で15%、陸軍では2年の兵役を経て上等兵以上になって予備役に回された。それ以外の補充兵は、いざ招集されれば年齢にかかわらず二等兵から始める。これが第二次世界大戦中は8-9割が動員となった(p58)

・新聞の記事中に挿絵に替わって写真が掲載されるのは日露戦争から、記事の口語体化は、1918年の大阪毎日から(p69)

・ニュートン(王立造幣局長)は、1717年に銀のアジアへの流出をとめるべく公定の金銀比率を 1:15.21(以前は1:6)に定めた。この比率は金が過大評価されていたので、人々は銀貨を退蔵して金貨を使用するようになった、こればイギリスを金本位制にしてしまった原因とされる(p73)

・かつて海軍力が戦争に際して効果的だったのは、馬車と人力の時代には、陸上輸送よりも速く、安く、大量輸送が可能であったから。イギリスは相対的に欧州で影響力が低下した(p97)

・日本海海戦は、蒸気レシプロエンジン同士の最後の戦いとなり、第一次世界大戦では、タービンエンジンが主流となった(p107)

・第二次世界大戦における連合艦隊戦艦12隻のうち、新しかったのは「大和」「武蔵」のみ、長門・陸奥は設計は一次世界大戦のとき(p117)

・1912年にイギリスは戦艦を石油専焼とした、油田が国内にないので中東に目を付けた(p135)

・イギリスでは18765年に出された赤旗法(馬車屋を守る法律)が障害となり、1896年に失効するまで自動車の開発は行われなかった、このため鉄道では世界をリードしながら、自動車ではドイツ、フランスに遅れた(p140)

・ドイツは日清戦争後に三国干渉で手に入れた清国の山東半島を基点に、赤道以北の南太平洋諸島を手に入れていた(p198)

・英仏連合軍はオスマントルコに対して、48万人を投入し25万人が死傷し、このうちの多くは戦闘ではなく塹壕生活で感染した腸チフス、赤痢であった(p215)

・1914年には、ドイツの潜水艦「U21」がイギリス軽巡洋艦を雷撃(魚雷攻撃)によって撃沈、これが世界初の潜水艦による近代的な軍艦の撃沈であった(p218)

・戦争の勝敗の決定要因は、産業革命以前は作戦の妙、兵士の勇敢さであtったが、一次大戦においては、銃後の工業生産能力がカギになった(p232)

・ナチスドイツは700トンのサリンガスを保有していたが、ヒトラーは最後まで使用を許可しなかった、ヒトラーは第一次大戦でガス攻撃により負傷したから(p301)

・一次大戦後のパリ講和会議までは、外交文書はフランス語で書かれるのが慣習であったが、この会議ではアメリカの影響力拡大を反映して英語も初めて公式言語に加えられた(p349)

・当時の国際社会では「一等国」とは名ばかりの概念ではなく、パリ講和会議では、英仏米日伊の5大国は1国あたり5票の投票権が与えられた(p359)

・ドイツは1933年に支払い停止宣言をした、1990年の再統一ドイツは、ドーズ債・ヤング債の元利払いを再開、2010年10月にすべての支払いを完了した(p381)

・第二次世界大戦において、日本は当時3位だった商船隊の88%を喪失、海員の死亡率は43%(6万人)これは海軍の16%、陸軍の23%をはるかに上回る数値(p384)