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明治維新という名の洗脳 新装版 150年の呪縛はどう始まったのか?

明治維新という名の洗脳 新装版 150年の呪縛はどう始まったのか?の写真

・萩班(長州藩)は外国船に向けて砲撃をしながら、その2日後には外国に留学生を送っている。また長州が攻撃したのはアメリカ、フランス、オランダだけで、イギリス船には攻撃を加えていない(p6)

・明治維新を勝ち抜いた長州は維新の戦争で大金を使っている、1865年から2年間で、ミニエー銃、ゲベール銃、木造蒸気船3隻、鉄製蒸気船1隻の資金として少なくとも15万両は出費している、武器弾薬の経費を含めると100ー150万両、これは現在価値で100兆円にも当たり、これは国家全体の予算規模に匹敵し、一藩で賄う金額ではない。また萩藩は、幕末藩主毛利敬親が当主についた1837年の時点で8万貫(銀700貫目が1万両として、114万両)の負債を抱えたまま維新に臨んでいる(p17)

・7代目藩主毛利重就は、宝暦検地を行い、石高を6万石もアップさせたが、表向きには2万石の石高増とし、残った4万石は密かに別会計とした(p24)倉庫業と金融業、密貿易の3つで稼ぎ出した金を使って、萩藩は維新のための戦費を稼ぎ出した(p27)

・平成27年度の特別会計の歳出総額は403兆円(一般会計:96兆円、会計間のやり取りなどを除いた歳出純計は、195兆円、大半は国債償還、社会保障、地方交付税、財政融資資金、それを除くと8.8兆円(p37)

・恫喝と搦手(からめて)アメとムチを巧みに使い分けながら幕府勢力と反政府勢力を共に操り、最終的に美味しいとことをいただくのが、イギリスの外交である。そのやり方は今でも続いている。日本の官僚をアメリカやイギリスへ留学させて、彼らの考え方を学ばさせると共に、その国の政治家、有力者とのパイプを作る。外国からすれば日本における楔となり(p73)

・新政府は徳川幕府から領地を受け継いでおらず、戦争に買ったとはいえ、全くお金がなかった。新政府が旧幕府時代の債務を全部肩代わりしたとはいえ、支払う能力はなかった(p88)

・有名な江戸城無血開城にしても、勝海舟の知恵と西郷隆盛の英断があったとされているが、本当のところはハリーパークスから戦争を長引かせるなという指示が西郷の元に伝えられていた(p91)

・戦争が起こった国に外資系の銀行があればそれでいい、答えは、戦争が起きた瞬間、当事国の通貨が暴落するから。それは現在でも同じである、例えば中国と日本が戦争になった瞬間に、円と元は国際決済で信用されなくなる、中東で起きれば、現地通貨や米ドルにも影響する。その通貨の仕組みは1863年でも同じであり、日本でも起きた。この年の出来事で大事なのは、萩藩が外国船に向けて無差別テロをおこなったことでも、薩摩とイギリスが戦争したことでもない、これによって日本の通貨「両」およびイギリスのポンドが事実上消えたこと、国際決済で使えなくなったことこそが特筆すべき出来事である(p116)両が使えなくなったので、外資系銀行が貸し出す、国際流通通貨を使用する以外に道はない、当時でいえば、メキシコ・ドルであった。欧州もドルを使っている理由は、この時期欧米諸国はずっと戦争をしていたので自国通貨は国際決済に使えない(p117)

・戦争がしたい志士たち、戦争が起きて欲しい国際金融家たち、それがどのタイミングかわからないが、かなり早い段階でコンタクトを取り、幕末は演出されていった(p129)

・奇兵隊の強さの秘密は、銃の威力だけでなく火力の使い方が巧みであった、銃の運用の仕方が抜群にうまかった、行動単位は5−6人の少数で絶対に敵の前に無防備には飛び込まない、常に物陰に隠れながら移動し、できる限り敵の後ろに回って安全なところから攻撃して敵を殲滅していった、これは完全なゲリラ戦で、傭兵が得意としていた戦法であった、だから幕府軍は負けた(p131)