エマニュエル・トッドは本書で、ウクライナ戦争やイランをめぐる戦争を個別の地域紛争としてではなく、西洋中心の世界秩序が終わる過程で生じている一つの世界戦争として捉える。北部戦線がウクライナ、南部戦線がイランであり、その背後では米国を中心とする西洋と、ロシア・中国・イランの連合が対峙している(pp.165-168)。
米国は圧倒的な軍事技術を持ちながら、地上戦を避け、空爆によって相手を屈服させようとしてきた。自国側の人的被害を最小化し、攻撃される側に甚大な被害を与えるこの戦争方式は、植民地主義的な非対称性への回帰である。しかしイランは、弾道ミサイル、ドローン、ホルムズ海峡という地政学的条件を利用し、米国とイスラエルに高価な兵器を大量消費させた。ウクライナへの支援ですでに減少していた米国の兵器在庫は、中東でも消耗することになった(pp.4-5)。安価なミサイルとドローンを大量に保有し、持久戦を辞さないイランに対して、米国の技術的優位は決定的な勝利をもたらさなかった(pp.168-171)。
ロシア、イラン、中国は、米国を拘束するために相互に支え合っている。ロシアとイランはドローンや軍事情報を共有し、中国は両国を経済面から支援する(p.168)。米国はロシアとの戦争、中国との経済競争、イランとの軍事的対立を同時に抱え、勝利も完全な撤退もできない。撤退を認めれば、単なる戦争の敗北ではなく、世界から富を吸収することで米国民の豊かな消費生活を支えてきた「アメリカ帝国システム」の終焉を意味するからである(p.5)。
トッドが西洋の敗北を予測する重要な根拠は、生産力と教育力の衰退にある。ウクライナ戦争直前のロシアとベラルーシのGDPは西側諸国の約3.3%にすぎなかった。それにもかかわらず、ロシア側は西側以上の兵器供給能力を示した。これはGDPが現実の生産力を表さなくなったことを意味する(p.31)。米国のGDPには、高額な医療費、弁護士費用、刑務所など、生産的とはいえないサービス部門も大きく含まれている。一方、長期戦で重要なのは、高価な最新兵器だけではなく、安価で単純な兵器を大量に作り続ける能力である。真の生産力を測るうえでは、GDPよりエンジニアの数が重要になる(p.175)。
西洋諸国では技術者を育成する教育力が低下している。人口が米国の半分以下であるロシアの方が、米国より多くのエンジニアを輩出しており、それがウクライナ戦争におけるロシアの優位を支えている。日本とドイツは、現在も技術者の養成能力を比較的維持している点でロシアに近い(p.32)。イランもまた、宗教指導者だけの国ではなく、多数の技術者を育成し、ミサイルやドローンを自国で生産する「エンジニアの国」である(p.122)。
米英の発展を支えた力の一つは、聖書を読むことを重視したプロテスタンティズムの教育力だった。しかし宗教の消滅後、教育を支えていた倫理も失われ、産業の空洞化、生活水準の低下、自由の後退が進んだ(pp.28、33)。現在の米国エリート層は、権力、利益、快楽という三つの価値を最大化することに傾き、国家の長期的な再生産に必要な教育や産業を軽視している(p.137)。これに対し、プーチンは国家再建の基礎を子供の教育に置き、教育を怠れば国家は滅びると考えている(p.147)。
トッドは、ウクライナ戦争を単純なロシアによる一方的侵略とは見ない。NATOの東方拡大、ウクライナ国内のロシア系住民に対する攻撃、米欧による武器供与が戦争を誘発したと考える(p.37)。トランプ政権が和平を求めながら敗北を明言せず、責任をウクライナや欧州へ転嫁するのは、米国が自らの敗北を公然と認められないためである(p.55)。中国に対する関税政策もレアアースの輸出規制によって反撃され、米国は譲歩を迫られた(p.108)。軍事、経済、産業のいずれにおいても、西洋の優位は失われつつある。
トッドによれば、ウクライナ戦争とイラン戦争は、第三次世界大戦の二つの戦線である(p.165)。西洋がこれらの戦争に敗れれば、16世紀以来続いてきた西洋による世界支配は終わり、複数の文明と国家が並存する秩序へ移行する。真の平和は、米国の覇権システムが完全に崩壊した後に初めて訪れるという(p.195)。
この世界史的転換の中で、日本は特別な位置にある。日本は政治的、軍事的には依然として米国に従属しているが、米国とは異なる言語と文化を維持し、強い文化的自律性を持つ。そのため、政治的従属の内側に知的自立の可能性を残している(p.215)。また日本には、自然な人間性やユーモア、美意識が生きており、それが戦争を拒否する力になるとトッドは期待する(p.13)。
日本に求められるのは、衰退する米国と運命を共にすることではない。独自の文化、教育力、技術力、人間性を基盤として知的・政治的自立を選び、新しい世界秩序の形成に役割を果たすことである。世界が日本を必要とする理由は、日本が西洋にも非西洋にも完全には回収されない独自性を持ち、力と利益だけではない文明の可能性を示せる点にある。
summary
なぜ日本が世界に必要なのか