山口周氏は、自身がビジネスとは距離のあるキャリアを歩んできたにもかかわらず、10年以上にわたってコンサルティング業界で仕事を続けてこられた背景には、読書を通じた学習があったと述べる(p9)。ただし、本書が重視するのは単に「たくさん本を読むこと」ではない。読書で得た知識や感性を仕事に生かすために重要なのは、むしろ**「読んだ後」**である。読書量が多いのに仕事につながらない人は、「仕入れ」の量ではなく、仕入れた情報の整理・貯蔵方法や、仕事の文脈に合わせて情報を組み合わせる力に問題があるという(p11)。
著者は、ビジネスパーソンが継続的に高い知的生産性を上げるためには、二種類の読書が必要だとする。一つはビジネス書の名著をしっかり読むことであり、これはビジネスパーソンとしての「基礎体力」をつくる読書である。もう一つは、歴史、哲学、文学などのリベラルアーツ、すなわち教養に関する本を読むことであり、こちらはその人の「個性」を形成するための読書である(p22)。
ビジネス書の名著は、知らなければ仕事上の基礎を欠くことになる一方、それを知っているだけでは他者との差別化にはつながりにくい。著者はこれを「規定演技」にたとえる。それに対して教養は「自由演技」であり、教養から得た知識とビジネス上の知識を組み合わせることで、初めて「その人らしい知的成果物」が生まれると考える(p23)。
したがって、二種類の本では読み方も異なる。ビジネス書は名著を繰り返して読み、基本的には読書ノートを取らず、「狭く深く」読む。一方、教養書は雑多な分野を幅広く、興味の赴くままに「広く浅く」読み、読後には記録を残す(p24)。教養書から得た情報は、読んだ時点では将来何に役立つかわからない場合が多い。そのため、後になって考え直したり参照したりできるように、読書ノートを作ることが重要になる(p25)。
また、著者はすべての本を最初から最後まで読む必要はないとする。「本は2割だけ読めばいい」とし、その重要な2割を見抜く方法として目次を利用する。目次を見て、総括や結論など全体をまとめた章があれば、まずそこから読むことで、その本の重要部分を判断する(p27)。一方で、読む本そのものは多くてよく、10冊以上を同時並行で読むことを勧めている。10冊は最低限であり、複数の本を身近に置くことによって、生活の中で何もしない時間をできるだけ少なくするという考え方である(p43-44)。
ビジネス書については、新刊を次々に追うことにも慎重である。新刊ビジネス書に書かれている内容の多くは、古典的な名著に書かれていることを、事例や業界を変えて説明しているにすぎない。そのため、ビジネス書では新刊を大量に読むより、基本となる名著を繰り返して読む方が重要だとする(p59)。また、ビジネス書から得た知識は比較的すぐ仕事に応用でき、良書のメッセージはシンプルで明確なので記憶にも残りやすい。一方、教養書の知識はいつ役立つかわからないため、後で取り出せる仕組みが必要になる(p65)。
そして本書の重要な考え方が、知識を仕事に使える形へ変換するための**「抽象化」**である。抽象化とは、個別事例の細かな要素を捨て、「要するに何なのか」という本質的な仕組みを抜き出すことである。著者は、経済学でいう「モデル化」に近いものとして説明する。具体的な事例をそのまま覚えるのではなく、背後にある基本的なメカニズムを取り出すことで、異なる状況にも知識を転用できるようになる(p133)。
さらに著者は、人は本を読んでも内容を忘れることを前提にすべきだとする。重要なのは記憶力を高めることではなく、「忘れてもよい仕組み」をつくることである。その方法が、本を読んで重要だと思った箇所をデジタルデータとして「転記」し、いつでも検索・参照できる状態にしておくことである(p141)。著者は、重要な情報を頭の中に記憶するのではなく、いつでもアクセスできる「イケス」に生きたまま泳がせておき、必要なときに取り出して、他の情報と組み合わせて「調理」する方が合理的だと説明する。
ただし、何でも転記すればよいわけではない。著者自身は転記する箇所を一冊につき上限9箇所に設定している。数を制限すれば、どこが本当に重要なのかを判断しなければならず、その選別作業そのものが深い読書につながる(p150)。
本書が示す読書法は、単なる情報収集ではない。**ビジネス書で基礎をつくり、教養書によって個性を広げ、重要な情報を検索可能な形で保存し、それを抽象化し、必要な場面で他の知識と組み合わせる。**大量の情報を頭の中に記憶することよりも、情報を適切にストックし、必要なときに取り出して再構成する仕組みを持つことこそが、読書を仕事上の知的成果へ変えるための核心なのである(p36、p133、p141)。