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働く人が減っていく国でこれから起きること

働く人が減っていく国でこれから起きることの写真

本書は、人口減少が続く日本で、働く人や結婚する人が減っていく背景を分析し、その変化に企業や社会がどう向き合うべきかを論じた一冊である。著者が設定する問いは、①なぜ私たちは働くことが嫌になっているのか、②なぜ私たちは結婚することが嫌になっているのか、③これらの変化に社会はどう対応すべきか、の三点である(P7)。
働くことへの意欲が低下する背景として、まず日本企業の働き方と人事制度の問題が挙げられる。働き方改革やハラスメント防止制度の整備によって、長時間労働やパワーハラスメントの抑止は進んだ(P25)。一方で、業務そのものの削減や効率化は十分に進まず、残業時間を厳しく管理される組合員が担えなくなった仕事を、管理職が引き取る構図が生まれた。現代の管理職は、仕事量を減らせず、裁量も限定的で、報酬も責任に見合わない「報われない多重責任」を負っていると著者は指摘する(P35)。
また、中高年になると転職のハードルが高まり、四十代後半以降ではキャリアアップにつながる転職が難しくなる(P39)。その結果、四十代半ば頃に出世競争の結果がほぼ確定し、転職市場も薄く、解雇や降格も少ない日本企業では、「頑張っても待遇は上がらず、努力しなくても大きく下がらない」という状況が生じる。これが、いわゆる「働かないおじさん」を増やし、若年層の意欲を低下させる一因になっている(P42、P133)。
こうした労働環境を背景に、若者を中心としてFIREへの関心が高まっている。FIREとは、経済的自立を達成し、早期退職する生き方である。ただし著者は、現在の会社が嫌であるという理由だけなら、FIREを目指す前に転職活動を試すべきだと述べる(P19)。FIRE志向が強まる理由として、日本経済の停滞による面白い仕事の減少、管理職の負担と報酬の不均衡、働かない中高年の存在、非合理的な企業文化の残存などを挙げている(P133)。
FIREの実現可能性は、退職時点の純金融資産と、退職後の平均消費額によって大きく決まる。資産運用額の四%以内に年間生活費を抑えれば、資産を大きく減らさず暮らせるという「四%ルール」も紹介される(P141)。著者は、現実の所得や消費データを踏まえると、全体の一五%程度がFIREする可能性はあると考える。ただし、退職するのは平均的な人材だけではなく、市場価値が高く、辞められると企業が困る人材ほど多くなる可能性がある(P163)。
企業がFIREを抑えるためには、中高年社員の賃金を一律に上げるのではなく、生産性が高く、失いたくない人材に限定して大幅に処遇を改善する必要がある。その前提として、年齢や勤続年数に基づく年功序列を見直し、成果や市場価値を反映した人事制度へ転換すべきだと著者は提案する(P167~168)。今後は、結婚が選択的なものになったのと同様に、中高年期まで働き続けるかどうかも、個人が選ぶ時代になる。選択肢が増えること自体は望ましいが、判断には多くの情報と精神的エネルギーが必要になる(P177)。
結婚の減少について、著者は、結婚した夫婦が持つ子どもの数はそれほど減っていないため、少子化の直接的原因は非婚化にあると整理する(P64)。結婚や子育てをためらう背景には、教育費などの経済的負担もある。幼稚園から高校までの教育費は、すべて私立なら約二千万円、大学・大学院まで進めば約三千万円に達し、すべて公立でも五百万円以上が必要になるとする(P89)。このような将来負担の大きさが、結婚や出産に慎重になる要因の一つである。
一方、FIREにはインフレというリスクもある。著者によれば、物価上昇時には賃金や年金が調整される可能性があるが、配当や預金金利が同じように上昇するとは限らないため、資産所得だけで暮らす人は不利になる場合がある(P105)。誰もが持ち得るインフレ耐性の高い資産は、「労働によって賃金を得る能力」である。したがってFIRE後も、必要なら働ける能力や機会を維持しておくことが安全につながる(P111)。実際、労働参加率は六十歳で約八割、六十五歳で約六割、七十歳で約四割に達し、七十五歳でも一割以上が働いている(P116)。
働き手の減少に対応するため、本書が最終的に重視するのは労働生産性の向上である。日本の人口が一億二千万人から三千万人へ減少しても現在のGDP規模を維持するには、百年間で労働生産性を四倍にする必要があり、年率では約一・四%の改善となる。過去二十年間の日本の実績である約〇・七%より高いが、絶対に不可能な水準ではないと著者は見る(P206)。
経済成長は、労働投入、資本投入、全要素生産性に分解できる。労働生産性を高めるには、技術革新や業務効率化、人材の質などを示す全要素生産性を上げるか、労働者一人当たりの設備やソフトウェア投資を増やす必要がある(P206、P208)。AIは生産性向上に大きな効果を持つため、最大限活用すべきである。ただし、AIによる利益が一部に偏る可能性があるため、リスキリングや職種・業種を越えた労働移動を企業と政府が支援することが必要である(P213)。AIについては、評価する前にまず実際に使い、その能力と限界を体感することも重要だと述べる(P220)。
一人当たりGDPを高め、人口減少下でも社会機能を維持するために必要なのは、結局のところ一人ひとりの労働生産性の改善である(P224)。著者は、年率一・四%という目標を、月単位の小さな改善に置き換える。月間労働時間を百七十時間とすれば、その〇・一%は約十分にすぎない。毎月一つ、十分分の無駄な仕事をなくすことを積み重ねれば、年間で約一・四%の改善となり、長期的には生産性を四倍にできる(P225)。
本書の結論は、働く人が減る未来を、単なる危機として捉える必要はないということである。働き続けるか、FIREするか、結婚するかを個人が選べる社会は、自由が増える社会でもある。しかし、その自由を支え、人口減少の中でも豊かさを維持するには、非効率な仕事を減らし、AIや設備投資を活用し、人材が能力を発揮できる制度を整えることが欠かせない。一人ひとりの小さな改善を社会全体で積み重ねることが、働く人が減る国の未来を支える鍵なのである。