本書の目的は、EVそのものを単純に肯定・否定することではなく、EVをケーススタディとして、いわゆる「破壊的技術革新」が本当に将来の主流になるのか、それとも一時的な期待に終わるのかを見抜く方法を考えることにある。著者は、そのためには新技術を突然現れたものとして見るのではなく、過去から現在までの技術・市場・制度の経緯を時系列で追うことが重要だとする。iPhoneのような革新も、まったく未知の技術が突然生まれたというより、既知の技術を新しい形で組み合わせた面が大きいという。(p7〜9)
著者は、EVについても「スマートフォンがガラケーを一気に駆逐した」というような単純な比喩で理解することに慎重である。実際にはスマートフォンの普及にも通信インフラ整備など長い時間が必要だった。同様にEVも、車両技術だけで普及するわけではなく、充電インフラ、バッテリー性能、電力ピーク、資源開発、環境負荷、リサイクルなど多くの条件が整わなければならない。(p19、p22)
さらにEVは、既存車に比べて利用者に明確な優位性がなければ普及しにくい。著者は、少なくともイニシャルコスト、航続距離、充電時間では、現時点のEVは既存車に対して十分な競争力を持っていないと見る。そのため普及初期には、自宅充電が可能で、都市部中心の利用で長距離走行をあまり必要とせず、価格にも余裕のある層など、ニーズが明確な限定市場から広げるべきだとする。(p28〜29)
欧州でEV化が急速に進んだ背景について、著者は環境問題だけではなく、ディーゼル車をめぐる事情も重視する。欧州ではCO₂削減の切り札としてディーゼル車を推進したが、NOxやPMの問題があり、さらに排ガス不正問題によって内燃機関全体のイメージが悪化した。本来ならハイブリッド車に進みたいところだったが、トヨタが強い特許を持っていたため、欧州は次の選択肢としてEVを前面に押し出した、というのが著者の見方である。(p69〜72)
本書で重要なのは、EVの環境性能を走行時のCO₂排出だけで判断していない点である。EVは製造段階、特にバッテリー生産で大きなCO₂排出を抱える。そのため、走行段階で排出が少なくても、製造時の差を埋めるには相当な距離を走る必要があり、著者は少なく見ても10万km、多ければ15万km程度とする。しかし、その距離まで使えばバッテリー交換の可能性も高まり、交換用バッテリーの製造まで含めれば環境負荷はさらに増える。したがって、製造・使用・バッテリー交換・廃棄まで含めたライフサイクル全体で評価しなければ、EVを単純に「エコ」とは言えないと論じる。(p88)
これに対し著者が高く評価するのが、日本で普及している燃費の良いハイブリッド車や軽自動車である。エネルギー効率の基本は「小さく軽いこと」であり、日本ではコンパクトなハイブリッド車や高効率の内燃機関を搭載した軽自動車が多数普及した。その結果、過去20年の日本のCO₂削減実績にも成果が表れており、これらはむしろ世界に広げるべき技術だと著者は主張する。(p90)
またEVの大きな制約が、バッテリーの重量である。バッテリーのエネルギー密度はガソリンより著しく低く、同じエネルギー量を積もうとすると非常に重くなる。著者の計算では、40Lのガソリンに相当するエネルギーをバッテリーで持とうとすれば、理論上約900kgにもなる。この重量では走行そのものに大きなエネルギーを使うため、現実にはバッテリー量を減らし、航続距離を短く設定せざるを得ない。(p123)
実際、テスラ車では2.2トンを超える車種がある一方、日産リーフは約1.5トンに抑えられている。著者によれば、日産は現実的な車重に収めるため、バッテリー容量を抑えている。車重が2.2トン規模になると、日本の立体駐車場の重量制限を超える場合もあり、都市部での利便性を損なう。つまり、航続距離を伸ばすためにバッテリーを増やせば、車重、価格、駐車場適合性など別の問題が生じるというトレードオフがある。(p116、p123)
充電インフラにも課題がある。誰が設置・運営費を負担するのかという事業性の問題があり、家庭充電でも契約電力との兼ね合いがある。EV充電だけで大きな電力を使うため、エアコンや電子レンジなどとの同時使用では家庭の電力容量が不足する可能性もある。(p101〜102)
著者は、飛行機の登場によって船がなくならなかったことを例に、内燃機関車もガラケーのように完全消滅するとは限らないとする。輸送手段には、それぞれ経済合理性と適した用途がある。EVも内燃機関もハイブリッドも、用途と条件に応じて使い分けられる可能性が高いという見方である。(p94)
さらにノルウェーについても、EV普及だけを見て「環境優等生」と評価することに疑問を呈する。同国は国内電力の多くを水力発電で賄う一方、大量の石油を産出して海外へ輸出している。著者は、ある一部分だけを見て環境性能を評価するのではなく、エネルギー供給全体を見る必要があると指摘する。(p177)
本書を通して著者が訴えるのは、EVを礼賛することでも否定することでもない。重要なのは、新技術を「未来の勝者」と決めつけず、インフラ、資源、コスト、物理法則、利用条件、環境負荷、既存技術の実績まで含めて冷静に比較することである。そして日本にとっては、EV一本に賭けるのではなく、すでに実績のあるハイブリッド車や軽自動車を含め、それぞれの技術の強みを生かすことが「勝ち筋」になる、というのが本書の中心的な主張である。