本書の中心命題は明快である。「エネルギーは国際政治の鏡である」。どの国が何を持ち、何を持たず、誰から買い、誰に売っているのかを見れば、その国の強さと弱さ、外交上の選択肢、さらには軍事行動の制約まで見えてくる。新聞の一面とエネルギー地図を重ね合わせることで、理念や正義だけでは説明できない国際政治の本音が浮かび上がる。戦争を起こすのも止めるのも、結局はエネルギーなのである(p20~26)。
著者は、アメリカ・ロシア・中国を「フルセット型エネルギー国家」と呼ぶ。石油、天然ガス、石炭、原子力、再生可能エネルギーを国内で扱えるだけでなく、「資源・技術・市場・資金・軍事」の五要素を統合的に運用できる国家である(p27)。ただし三国のモデルは異なる。アメリカは国家と民間、市場と軍事力を一体化させる(p29)。ロシアは資源供給、原発建設、運転支援、資金までを国家主導で提供し、相手国を長期的な依存関係に組み込む(p60、102)。中国は巨大市場と製造力を武器に、資源を輸入する一方、太陽光、風力、原子力などを輸出し、サプライチェーンそのものを握ろうとしている(p30)。
この構図を理解するには、それぞれのエネルギーの性質を見る必要がある。石油は輸送用燃料だけでなく、プラスチック、化学繊維、医薬品、肥料、塗料、化粧品、農薬などの原料となる。さらにタンカーで世界中へ運べる自由度があり、依然として「エネルギーの王様」である(p41)。天然ガスはCO2排出量が比較的少ない一方、漏出したメタンの温室効果は強く、LNG化・輸送設備や長期契約に拘束される。「自由化」のエネルギーであると同時に「固定化」のエネルギーでもある(p46~48)。石炭も脱炭素の陰で世界の電力の約35%を支え、貯蔵が容易で非常時に頼れるという安全保障上の強みを持つ(p52~55)。
原子力も単なる発電技術ではない。ロシアや中国は、原子炉建設から燃料、運転、金融まで一体で輸出することで、原子力を「国家力の輸出」に変えている(p60)。一方、太陽光・風力には、燃料費が不要でCO2排出量が少ない利点がある反面、「高コスト・不安定・心臓部を中国に握られている」という問題がある。太陽光や風力は天候によって出力が変動し、設備利用率にも限界がある(p64~66)。しかも中国は太陽光パネルや風力設備の供給網で圧倒的な存在感を持つ。脱ロシア・脱中東を目指して再エネへ移行した結果、今度は中国依存が強まるという逆説が生じる(p69)。水素も天然資源ではなく、他のエネルギーから作る二次エネルギーであり、現在は天然ガスや石炭由来が中心である。「水素=クリーン」と単純には言えない(p73)。
本書で特に重要なのが、エネルギー構造の変化によって国家の立場そのものが変わるという指摘である。その代表がアメリカのシェール革命だ。シェール開発を推進したのは国家ではなく、多数の民間企業、投資家、金融市場、サービス会社だった。価格が上がれば掘り、採算が悪化すれば止める。この機動性によって民間企業が世界の原油供給に大きな影響を及ぼすようになった(p76~77)。かつて典型的なエネルギー輸入国だったアメリカは、2019年、67年ぶりにエネルギー全体で純輸出国となった。著者はこれを「エネルギー不足に怯える側から、怯えさせる側へ」の転換と捉える(p79)。資源力、巨大市場、技術、金融、軍事を併せ持つアメリカのエネルギー覇権が短期的に覆る可能性は低いと見る(p91)。
同様に注目されるのがイスラエルである。建国以来、典型的な資源輸入国であり、戦争になれば燃料供給を脅かされることが安全保障上の弱点だった。しかし2009年以降、東地中海で天然ガス田が相次いで発見され、エネルギーを供給する側へと立場を変えた。ロシア依存低減を急ぐ欧州にとっても東地中海の天然ガスは重要性を増している(p185)。アメリカとイスラエルの事例は、エネルギーを「買わなければならない国」から「供給できる国」への転換が、国家の外交・安全保障上の選択肢そのものを広げ得ることを示している。
これに対し、ロシアはパイプラインや原子力を使って相手国を長期的に自国へ結びつけてきた。しかし2022年のウクライナ侵攻によって欧州は急速に脱ロシアへ転換した(p102)。21世紀には油田そのものだけでなく、パイプライン、LNG基地、海底ケーブル、原発といったインフラが戦略的重要性を持つ(p103)。
中国の戦略はさらに異なる。再生可能エネルギーを環境問題ではなく「産業」と捉え、補助金、低コスト資金、巨大な国内市場を使って製造能力を育成した(p126)。その結果、エネルギー覇権の源泉は「資源を持つこと」から「加工・製造し、供給網を握ること」へ移りつつある。石油時代の埋蔵量に代わり、再エネ・電動化時代には製造能力が国力を左右する(p127)。中国への依存は太陽光、蓄電池、レアアース、加工技術、人材、保守まで広範囲に及び、ロシア依存以上に切り離すことが難しい(p129)。
この問題を最も鮮明に示すのが欧州である。欧州は資源を持たない代わりに、脱炭素という「ルール」を作り、再エネ市場を育ててきた(p169~170)。ところがロシア産ガスへの依存と再エネ設備の中国依存という二重の脆弱性を抱えた。2022年には天然ガス価格の高騰が電力価格全体を押し上げ、ドイツを中心に産業競争力を傷つけた(p165~167)。欧州はルールによって市場を作ることには成功したが、その市場を最終的に誰が支配するかまでは制御できなかったのである(p171)。
そして最も厳しい位置にいるのが日本である。石油・天然ガスのほぼ全量を輸入し、福島第一原発事故後は原子力が縮小、その穴をLNGや石炭が埋め、再エネ設備でも中国への依存が残る(p34、140)。さらに21世紀にはリチウム、コバルト、ニッケル、タングステンなどのレアメタルが重要になる。エネルギーの中心が「燃やすもの」から「電気を作る・貯める・運ぶもの」へ移行するからである(p157)。ただし日本には、使用済み電子機器や自動車から希少金属を回収する「都市鉱山」という可能性がある(p158)。
日本の危機は突然の停電や燃料枯渇として現れるとは限らない。石油・天然ガス価格の上昇は、物流、包装材、肥料、農薬、農業、食品、医療、化学産業へ波及する(p210~218)。著者が恐れるのは社会の「爆発」ではなく「衰弱」である。社会が動いているように見えるまま、工場、人材、技術が少しずつ失われていく(p227)。
それでも日本に勝ち筋はある。著者が挙げるのが省エネルギー技術である。建築、空調、交通、通信、蓄電池、AI、電力制御、水素などを組み合わせ、都市全体のエネルギー効率を高める。個々の技術を統合し、改善を積み重ねる能力は日本の強みになり得る(p236)。さらに資源を単に「買う」のではなく、資源国へ投資し、人材を育成し、現地社会との長期的な信頼関係を構築して供給そのものへ関与することが必要だと著者は提言する(p241)。
**(コメント)**特に印象的なのは、アメリカのシェール革命とイスラエルの天然ガス田発見である。エネルギー輸入国から供給国への転換は、単なる貿易収支の変化ではなく、国家が外交・安全保障上で取り得る行動の幅を変える。本書の「エネルギーは国際政治の鏡」という言葉を、この二つの事例ほど端的に示すものはないように感じた。