・ヨーロッパの列強が、強大な力を持ったオスマン帝国を追い詰めることになったのが第一次世界大戦である(p13)
・イギリス国内では紅茶の消費税を引き下げたのに、植民地のアメリカでは関税をかけたことが、1773年の「ボストン紅茶事件」、独立戦争につながった(p15)
・連帯保証人とは、連帯債務者であり、人的担保(人質)そのものである(p24)
・秀吉が関白秀次に密かに託した「国割り」には、後陽成天皇を北京に移し、大日本帝国の首都を北京、秀次は内閣総理大臣(大唐の関白)、日本国内政治は、宇喜田秀家あたりを考えていた(p51)
・日本に伝わったキリスト教は、新教(プロテスタント)に反対した旧教側の、ラディカルな団体(イエズス会)であった(p60)
・イギリスの王(ヘンリー8世)が離婚して、アン・ブリーン(エリザベス1世の母)と結婚するときに教皇に許しがもらえなかったので、1534年に首長令を発布してイギリス教会は自立した(p61)
・森林型の「多神多仏」では、時期を待つ、多くの意見を聞いてまとめる、リーダーが何人もいる、見送る、チームが分かれる、といった保留という考え方が成り立った(p75)
・株式会社の誕生とともに三角貿易(本国、植民地、相手国の三角:イギリスが本国生産の絹布をインドへ輸出、インドはアヘンを中国へ輸出、中国から紅茶を輸入)を生かして本国が利益を圧倒的に有利にする)が始まった(p92、160)
・中国の人口が漢代(0.6億程度)から、18世紀に4億人になったのは、サツマイモのおかげ(p95)
・産業革命には、動力革命・交通革命・産業革命の三段階がある、1757年にプラッシーの戦いでイギリスはフランスを破ってインド獲得、1763年に7年戦争でフランスからアメリカ植民地を獲得する(p121)
・1842年の南京条約は、香港割譲・5港の開港・没収アヘンの代金支払い・イギリス戦費補償・関税(5%)・領事裁判権・最恵国待遇、などである(p162)
・主体や主語を二人称や三人称において、自分の位置を一歩控えて、そこから状況を見るのが日本の特徴(p197)
・ベルリン西アフリカ会議では、アフリカに興味を持つ14カ国がアフリカ分割を行った、コンゴの人口はこれにより2000万から900万人に減少した(p243)
・20世紀初頭には、欧米列強はアフリカ分割・アジア侵略を経て、世界の84%を支配した、そのころの工業力は100年前比較で、イギリスは2倍、アメリカは3倍、ドイツは4倍である、欧州人口はその間に、2→4.5億人となった(p301)
・ドイツでは1900年には戦艦はイギリスを凌駕していた(戦艦:38、巡洋艦:42)、ついにイギリスがドイツと衝突したのが第一次世界大戦である(p304)
・第一次世界大戦の敗戦国は、ドイツ・トルコ・オーストリア・ブルガリアの4カ国、戦勝国は英仏露米等の27カ国、但し両者とも米国以外はかなり消耗した(p306)
・新植民地とは、政治的に独立していても軍事基地がおかれているような地域(日本にも10箇所の米軍基地あり)、アメリカが保有する、ジャマイカ(ボーキサイト)、ベネズエラ(石油)、ペルー(石油と銅)、グアテマラ(石油とバナナ)、かつてでは、フランスのアルジェリア、イギリスのザンビア・ジンバブエ、ベルギーのコンゴである(p395)
・高度経済成長のシンボルである新幹線の資金は世界銀行から借りた、その条件が日本の石炭産業の整理であった(p409)