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くらべる地図帳

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・四川盆地にある重慶市は人口:3235万人で世界一だが、面積8.24万km2(北海道とほぼ同じ)もある、上海は6341km2で1921万人、北京は東京23区の27倍もあり、1633万人(p11)

・日本の排他的経済水域と領海を合わせた面積は448万km2で、日本の総面積を12倍で6番目の広さ、国土面積を加えた面積(485)は、世界9位(p13)

・流域面積とは、降った雨がその川に流れこむ範囲であり、すべての川の流域面積を合計すると日本の面積となる、淀川本流の長さは75kmで67位の長さだが、流域面積では8240km2で7位となる、琵琶湖を含むため(p31)

・石狩川は明治末期からの改修工事のため100km以上も短くなり、368kmで3位だが、かつて(明治時代)は日本一(p33)

・日本の面積の14.3%(5.04万km2)は自然公園、国立公園:29、国定公園:56、都道府県立自然公園:309である(p53)

・戦前までは西日本では納豆は食べられなかった(今でも消費量は低い)が、健康増進の効果があるということで食べるようになった、九州では熊本と鹿児島県のみ食べられていた(p67)

・国民からもれなく税金を徴収する手段として、また徴兵のために戸籍を明確にするひつようがあり、1875年に戸籍制度が確立、日本人全員に名字をつけることが義務化(p89)

・東京23特別区は、一つの区が市町村と同じように独立して、区長・区議会員も選挙で選出、政令指定都市の行政区の区長は市長が選任する(p91)

・東京文化の影響を受けている地域は、東京にならって「マチ」、上方文化の影響を受けている地域は「チョウ」、しかし北海道は「チョウ」、九州の福岡と熊本は「マチ」(p99)

・新潟県は、明治の中頃までは日本一人口の多い県であった、まんべんなく人口が分布していたので集落が多く神社が日本一多い(p129)

・廃藩置県の直後に施行された「大区小区制」の地方行政制度により、東京府は改正されながら11大区103小区に区分された

・1878年の郡区町村編制法により、東京府に15区6郡(荏原、南豊島、東多摩、北豊島、南足立、南葛飾)にわかれた、1889年には市制町村制となり15区が東京市となっ(p135)

・1932年には20区を新設して、従来の15区と合わせて35区からなる大東京市が誕生、1943年に、東京府と東京市が合併して東京都が成立、東京が都政を敷いたのは東京府と東京市の二重行政を解消するため(p135)

・一つの旧国が3分割されたのは武蔵国で、東京・埼玉・神奈川に分割された、兵庫県は6つの国(播磨、但馬、淡路、摂津、丹波、備前)から成っている(p139)

・最後まで市にならなかった県庁は、浦和町(1934年)、そもそも埼玉県の県庁は岩槻に置かれる予定であった(p140)

・1975年に、市と村の数が逆転(643に対して640)、2010年には786市、757町、184村となって市の数が最も多くなった(p145)

2010/11/6作成