・ JCOの東海村の1999年の臨界事故において、天井まで吹き上げた核燃料を浴びた3人の作業員のうち、1シーベルト毎時の人は助かった、6シーベルトと16シーベルト浴びた人は、その後に全身焼けただれて死んだ、これを根拠に毎時250ミリシーベルト(助かった人の4分の1)は副島氏は大丈夫だとした(p28)
・万有引力について、ニュートンが生まれる前は「地下の悪魔が引っ張っている」といい、アインシュタインが生まれるまでは「質量に比例」、現在は「エントロピー」といっていて、500年間で説明が3回も変わっている(p52)
・福島第一から出た黄砂は、3月中は空気中にあった、4月上旬は土の上にあった(p70)
・ICRP(国際放射線防護委員会)は、2007年に、一般の人が年間浴びても良い放射線量を3つの範囲で規定、緊急時は20-100、事故後の復旧時は1-20、平常時は1ミリシーベルト以下(p82)
・原発正門で220マイクロシーベルト毎時であったものが、地面を測ったら2ミリシーベルトあった(p100)
・年間20ミリシーベルトにすると、1億人あたり10万人が癌になる確率となる、1000人に一人、日本では3人に一人は癌で死亡している(p113)
・日本の原発は50基のうち、20基程度が動いている(2011年5月8日現在、54基中22基が稼働)、殆どは震度6で破損する(p124)
・西村教授は、拡散方程式を用いて、福島第一原発事故の汚染物質の放出量はチェルノブイリの10万分の1(1日当たり10テラベクレル)であるとした、最大見積もって1000分の1程度(p134)
・福島原発は、広島に落とされた原爆の1000倍も核分裂の原料がある、だから少なく見積もって、広島原爆の100発分以上は放射性物質がでている(p141)
・地面の放射線量がIAEAの数値が高かった理由は、IAEAは表面のみ、保安院はスコップで掘った土で測定したから(p146)
・法律というのは、東大法学部を出た官僚が、世の中を操り、自分たちに反対する者たちを切り裂くための刃物である(p153)
・3月15日までは危なかったが、16日からは急激に放射線量は減ったので、ヒラリーたちの態度が急に穏やかになった、17日に真実が在日アメリカ人のトップ30人にのみ教えられた(p174)
・14日の3号機の水素爆発は恐ろしかった、14日午後6時に防衛大臣の命令がでて、自衛隊が退避した、その後で住民たちが血相を変えて逃げた(p181)
・風向きは太平洋に向かって吹く西風がほとんどなので、殆どの放射性物質は海の方へ行った(p183)
・4月30日に保安院は認めたが、最初の地震で配管系が壊れているので冷却ができなかった、津波で壊れたわけではない(p199)
・プルトニウムは比重が19もあり爆発地点の近くに落ちる、従って、人の靴の裏とかについて移動する(p213)
・乳がん治療において、2か月間で合計60シーベルトの放射能を浴びているが、患者たちは生きている(p230)
・日本は非常事態なので年間20-100hシーベルトでも大丈夫だという基準値の上限をめぐる争いは、学問上の争いというよりも「人間の危険の感覚」にすぎない(p260)