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謎とき伊勢神宮 神々と天皇と日本人のDNA

謎とき伊勢神宮 神々と天皇と日本人のDNAの写真

・平成22年に伊勢神宮に参詣した人は882万人、このうち652万人は内宮(皇大神宮)、230万人は外宮(豊受大神宮)を参詣している(p12)

・イザナギノミコト(伊弉諾命)とイザナミノミコトは結婚して夫婦となり、淡路島・四国・隠岐島・九州・壱岐・対馬・佐渡島・本州を生んだ(p25)

・アマテラスの立場が変化してきたのは、第四十代の天武天皇、第41代の持統天皇の時代(p31)

・第1回の式年遷宮は、持統天皇4年(690)であった(p32)

・大海人皇子の軍勢は、近江朝廷(大友皇子)に勝ち、大津の都は炎上した、壬申の乱である(p34)

・伊勢神宮において、魚類と海藻の自給自足は難しいが、鯛の干物は愛知県知多半島付近の篠島でつくられる、これは平安時代からの製法による(p55)

・伊勢神宮には1年を通してなんらかの祭事が行われている、大小あわせて1700、伊勢神宮の顔は、皇租神(アマテラスを祀る)と農耕神の2つがある(p68)

・神嘗祭(10/15-25)は伊勢神宮において大祭中の大祭で、「おおまつり」と言われてきた(p84)

・辛うじて行った1462年の内宮の式年遷宮の後に戦乱の世のため、
123年間にわたって中断を余儀なくされた、復活させたのは豊臣秀吉(p104、108)

・1871年5月、新政府は新しい神社制度を制定して、神社を「国家の宗祀」と規定している、その上で、アマテラスを皇租神とする伊勢神宮を頂点に全国のすべての神社を格付けた(p118)

・59回目の式年遷宮からは、国家の関与は無くなったが、伊勢神宮の重要な行事として復活した(p126)