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逆説の日本史 19 幕末年代史編2 (逆説の日本史)

逆説の日本史 19 幕末年代史編2 (逆説の日本史)の写真

・関白とは、藤原氏が天皇の権力を奪うために作った地位、別名ともいえる「内覧」という言葉が示すように、朝廷で決定される事項について関白は天皇以前にチェックできた(p22)

・公家が全部で137家しかない時に、6割以上の88人が連判状を作った極めて異例な事件がおきた(p31)

・関税自主権の侵害は、ハリスとの和親条約の8年後(1866)の英米仏蘭の圧力によって結ばされた江戸協約で、不当な関税率を押し付けられた(p62)

・慶喜が将軍になるのは、御三家を創設した家康の想定外であったはず、水戸家の当主は天皇に絶対に逆らわない人物であれば徳川家は滅びないという家康の深謀遠慮を壊したのは吉宗(p80)

・井伊直弼の評価が低いのは、自分に反対する勢力を徹底的に粛清したこと(p104)

・コレラの流行による死者は3万人とも言われ、大地震の死者の4倍と上回った(p107)

・開国により、未知の伝染病が入ってきたので、攘夷の実行となった(p110)

・江戸幕府とは、結果的に幕府に悪影響を及ぼすと予測されることでも「慣例なら許す」というところがあった、これは信長・秀吉の「新し物好き」からの反動(p130)

・徳川家基が謎の死を遂げたため、豊千代(11代家斉)が将軍になることが決まった、このため外様大名の娘が将軍家御台所になるかもしれなかった、結局、近衛家の養女という形にした(p131)

・天皇の下では将軍も浪人も農民も平等な臣下、これが民主主義を生み出す条件であり、中国の皇帝とは異なる(p177)

・第15代の応神天皇に受け継がれるときに、初代の神武とは別系統のものに交替している可能性あり(p183)

・幕府は1ドル=1分を確立しようとした、日本では銀が高く、1分銀という銀貨は現代の1万円札と同じで、それ自体には1万円の価値はなく政府がその価値を保証していたが、アメリカのハリスはこの「信用貨幣」を理解できず、1ドル=3分のレートを押し付けた(p215)

・金の流出を抑えるために金含有量を3分の1にした小判(万延小判)を発行して金銀レートは国際基準となった。しかし一挙に通貨供給量を3倍にしたので、大インフレとなった、最も困窮したのは固定俸給を得ている武士階級(p219)

・辛酉(しんゆう)の年=1861は、辛酉革命という言葉がある通り、このエトには何かしら社会が不安定になりやすく、この年には改元する習慣があった、実際に文久と改元されている(p233)

・安政7年(1860)、日本人初の太平洋横断が咸臨丸によって行われた、日本人の操船によってという意味(p280)

・咸臨丸は外洋でも蒸気機関で進むアメリカ軍艦ポーパタン号の6分の1の排水量でスピードは半分だが、サンフランシスコ港にほぼ同時に出発した軍艦よりも先に到着、石炭補給が不要だったため(p287)

・対馬がロシアにもイギリスにも租借されず「香港」にならなかったのは幸運である、ロシアを追い出したイギリスが居座る可能性もあった(p323)

・幕末の日本人は、三連続地震・テロ・戦争・伝染病・超物価高に負けずに明治維新をやりとげた(p361)