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天佑なり 下 高橋是清・百年前の日本国債

天佑なり 下  高橋是清・百年前の日本国債の写真

・渋沢栄一等の実業家は銀本位制、官僚や軍人は金本位制を支持していたが、日本には金の保有量が少なかった、そのとき、日清戦争の賠償金(二億両を8分割+0.3億両=遼東半島分)が得られることになった、明治4年の新貨条例で、1円は純金1500ミリグラムであったのを、銀の価値が半分になったので、純金750ミリグラムにするのが、明治29年の提案であった(p36)

・賠償金の2億両=2億円は、現在価値で3200億円と考えられる(p40)

・明治32年3.1は、特許条例から特許法と改めて公布された日でもあった、パリ同盟条約に加入することを前提としての改定であったが、明治29-31年にかけて改定された民法との整合性をとるための改定でもあった(p67)

・同年(明治32年)7月には治外法権の撤廃、関税自主権も一部改善された、完全に自主権を得るのは明治4年、日米通商航海条約の改定時(p67)

・日清戦争による賠償金は、民間を潤わせなかった、賠償金の殆どが軍備拡張、造船・製鉄所の建設等に充当されたので(p71)

・三国干渉を受けたころのロシア(明治37年)は、国家予算は当時の日本の30倍、GDPは3倍、人口は3倍の1.25億人、外貨準備高は8倍を超える大国であった、歳入は日本(2.5億)の10倍近くの20億円、兵力は10倍の200万、日露戦争の総額は17億円で当時の歳入の7年間分(p87、98)

・陸海軍の両大臣は、統帥による命令を遂行して軍政を行うのみで、統帥上の事案については、軍令機関である参謀総長、軍令部長があたったので、内閣から独立して天皇に直接上奏できた(p192)

・大正3年には政府債務は26.5億円で、GDPの3分の2以上、15億円は
対外債務、これに対する正貨準備高は3.4億円であった、これを救ったのが第一次世界大戦による特需、このお蔭で、イギリスからの輸入に依存していた重工業部門の生産力が強化され、農業国から工業国へ、さらに債務国から世界2位の債権国となった(p196)

・関東大震災の火災は、東京市内の総面積の46%,横浜市内の28%、国民総生産の3分の1を超える55億円といわれる未曾有の被害をもたらした(p237)

・大正11年6月の対米為替レートは、100円=47.5ドル、年末には 48.5ドルであった(p238)

・昭和2年の時点で、鈴木商店に累積していた債務総額は、約4.5億円、国家予算の4分の1、その8割近くが台湾における紙幣発行銀行である台湾銀行であった(p261)

・金解禁をするときに、旧平価(100円=49.875ドル)で行ったが、これは円を1割以上も切り上げ=金融引き締めを行うことになった。(p281)

・国債発行(赤字国債)と、日銀による直接引受は、やむにやまれない財源ねん出のための奇策、世界でも類を見ないものであったが、それは軍事費調達への道を開くことにもなった(p304)