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「脱原発」を論破する 今、日本人の知性が試されている!

「脱原発」を論破する 今、日本人の知性が試されている!の写真

・低線量放射線はむしろ体に良い、という内容を裏付ける研究成果を知る人は少ない。ラドン温泉やラジウム温泉での湯治とは、「放射線の内外被爆である」と報じられていない(p2、13)

・強力なラジウム放射能で、細胞がどんどん活性化し、一方では癌細胞を攻撃して縮小していく、内部被ばくが健康パワーを増して、癌・リウマチ、糖尿病を治している(p18、20)

・ベクレルとは、放射性物質が放射線を出す能力、1ベクレルとは1秒間に1回のガンマ、ベータ線の崩壊をいう(p23)

・ウラン238の崩壊でラジウム226、そして半減期1600年でアルファ線をだしつつ、不活性ガスのラドン222となる、そして鉛210を経て、最終的に、鉛206で安定する(p27)

・日本軍の南京攻撃は、南京を包囲した後に国際法に則って、空からビラをまいて降伏と無血開城を求めた、それを拒否して戦いになった、米国は国際法手続きを取らずに不意に投下した、これは戦争犯罪(p35)

・広島は、被爆後半世紀経過した現在、爆心地周辺の環境放射線の強さは、毎時0.1μSv以下で、普通の値になった、残留放射能の心配はないとしているp39)

・核爆発をするにはウラン235を90%にする必要あり、原子力発電所は 5%でOK(p42)

・原爆被災者10万人の追跡調査から、100-200mSV以下の低線量域では、明らかな発がんリスクの増加は見られないとされた、この会見は2011.3.28にされたが無視された(p45)

・年間100mSVは、実生活においては、環境線量が 241mSV/year=27μSv/hである(p49

・太陽は巨大な核融合炉であり、地球も放射線をだしていて、普通に生活していても放射線の内部被ばくと外部被ばくを受けている。世界平均は2.4mSV/yearだが、日本は1.5mSV(p50)

・宇宙飛行士は、年間上限の 1mSVを、1日で被爆する事実は、マスコミでは伝えられない(p52)

・100mSVの放射線を浴びると、1日当り200個のDNAが損傷する、一方で、普通の生活をしても細胞あたり10億個の活性酸素が発生、数万から数十万のDNAが損傷している、これらは基本的には修復される。発生する原因は、食物が35%、たばこが30%等である(p56)

・ノーベル賞をもらった研究(Oliver氏が1930年に行ったショウジョウバエの精子にX線を照射すると突然変異する)は、遺伝子修復機能がなかったため突然変異が起きた。後に、100mSV以下では被爆リスクは証明できず、低線量率被爆は累積しないこともわかった(p66)

・毎日死滅する6000億個(合計で60兆個)の細胞を複製するときに、複製間違いをして、それが原因で毎日数千個の癌細胞が発生している(p67)

・広島、長崎の被爆者調査からわかったこと(1990年、アメリカ人類遺伝学雑誌に掲載)で、原爆のような高線量率被爆を受けても、ヒトでは遺伝的影響はないことが証明されている。(p70)

・チェルノブイリ事故では、30km圏内で生産されたミルクの消費制限が行われなかったので、放射性ヨウ素131により高レベル甲状腺被爆を受けた(p125)

・1990.8にソ連から独立したウクライナは、チェルノブイリ原発の負債を引き継いだ、50%電力を頼っていた原発12基をすべて停止(90-93)したため経済がガタガタになり、93.10に原発再稼働と方針転換した(p128)

・チェルノブイリ事故(福島の1000-10000倍の被爆量)以降に、汚染されたミルクを飲んだ子供のなかで 6000人以上が甲状腺がんを発症し、15人が死亡した(p143)

・福島県において H24.9月分の内部被ばく検査により、8562人の結果が発表されて、全員が 1mSV未満であった(p156)

・中国はウィグル人居住区のロプノールで原水爆実験場をつくり 1964-96年にかけて合計46回行っている、汚染された核の黄砂が長年にわたって日本へ降っていたことは、メディアは伝えない(p175)

・ドイツは 2011.7に 2022年末までの原発全廃を法制化したが、2013年度の電気料金は、2000年比較で 2.78倍になる、それでも2030年までに買い取り費用(固定価格で自然エネルギーを電力会社に買い取らせる制度)等で、約29兆円が発生する(p186)

・平成24年の東京電力の値上げが 10%弱にとどまったのは、人件費削減ではなく、何十年にも及ぶ積立金を取り崩したから(p202)

・福島原発災害は、物損は大きかったが、放射線で亡くなった人は一人もいない、急性放射線障害の作業員もいない、広島と長崎の復興を思えば福島の大部分はすぐにでも帰れることがわかるだろう(p212)