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summary

日本を貶めた戦後重大事件の裏側

日本を貶めた戦後重大事件の裏側の写真

・ひとつだけ覚えてほしいことは、真相は世論とは逆、ということ、通説にこだわっていては真実はつかめない(p2)

・中国は1979年を最後に、外に対する武力行使をやめてしまった、国内の経済発展にまい進し始めたから(p18)

・中国共産党が今も独裁的に中国を支配できているかは、1)日本軍国主義の中国侵略から解放して中華人民共和国をつくった、2)共産党がなければ今の経済発展は無いということ(p19)

・第二次世界大戦中の潜水艦は、ほとんど海上にいる時間の方が長かった。酸素の補給が必要であったため。そのために原子力潜水艦が作られた(p31)

・対潜哨戒機(P-3C)は、潜水艦の位置を特定する。米ソ冷戦時代は西太平洋上で、ソ連の潜水艦をおいかけてきたので能力も高い、日本の海上自衛隊はそのためにある(p33)

・大韓航空機のボーイング747は、アメリカの偵察機(RC135)に似ているので、ソ連戦闘機に撃墜された(p33)

・支那事変で中国と日本が戦争状態であったとき、蒋介石に一番多く武器を売っていたのは、ドイツ。なので南京大虐殺の大宣伝をやったのもドイツの新聞。(p41)

・海上保安庁に入ろうとする若者が日本では大勢受験したが、中国では海洋局が新規募集したら一人も応募しなかった。中国、韓国人にとって一番大事なのは、自分の身内、次が同郷の人(p43)

・ゾルゲは、銃殺ではなく巣鴨の刑務所で絞首刑になった、今のサンシャインビルのあるところ。本来ならば軍人の将官を処刑するのに、国際的なルールでは銃殺にしなければならないのに、当時のアメリカはそのようにしなかった(p57)

・言葉には階級差があって、下層階級の人は宮廷で使うような、日本語でいえば標準語みたいなものは、殆ど話さない(p80)

・アメリカ占領軍は、GHQのしたにG2という組織があり、ウィロビー少将の下で、日本の治安や諜報をになっていた。G2のしたに、CICという組織があり、全国を6つのブロックに分けて部隊を派遣していた。北海道、東北、関東・甲信越、近畿・北陸・中部、中国・四国、九州である(p91)

・1961年に朴少将が軍事クーデターを起こして権力を握り、大統領に就任して軍政をひいたが、それに反対ということで大騒動になった。北朝鮮は、中国ソ連の支援のもとで発展していた、そのためアメリカの働きかけもあり、日韓の国交正常化となった(p104)

・日韓両国は請求権をすべて放棄して、日本は賠償ではなくて、経済援助という形で有償無償の公的資金を、5億ドル、民間借款として3億ドルを提供した。当時の韓国の国家予算は4億ドル(p106)

・日本が戦争に負けたのちに、38度線より南は米軍が、北はソ連軍が軍政を敷いた。もともと南は日本の朝鮮軍司令部の管轄、北は満州の関東軍司令部の管轄下であった。関東軍はソ連軍に降伏したので(p106)

・1971年に反対運動ができない状況にしておいた状態で韓国で大統領選挙が行われた、対立候補の金大中氏は、それまで2期7年やっていた大統領に97万票差(634vs537万)まで迫った。アメリカでは金大中氏は民主党において人気があった。(p109)

・韓国では、ノテウ大統領までの軍事政権はすべて慶尚道政権(慶尚北道)であった、全羅道の人は差別されていた、金大中氏はそこの出身(p110)

・全羅道の人達は、慶尚北道の人達を嫌う理由は、1300年前の三国時代まで遡る。慶尚道は新羅の国、全羅道は百済、韓国は儒教の国なので、儒教のメッカがあるほうが格が上という感覚がある。儒教の世界では武は蔑まされる(p113)

・金大中氏は北朝鮮とのつながりがあることを選挙直前に流したので当選できなかったが、キムヨンサム大統領時代に、アジア通貨危機で韓国経済が破たんした。そのため当選できないはずの金大中氏が当選してしまった(p122)

・朝鮮において創氏改名に反対したのは、両班の人達で、自分の家柄を持っている人達。実際には喜ばれた(p131)

・北朝鮮の国家予算は1兆円にもならない、なので日朝国交が正常化して経済援助が数兆円となると、北朝鮮の経済発展は間違いなく起こる。それ以上にアメリカが心配なのは北朝鮮が日本の経済圏に入ってしまうこと、これは韓国の場合に実際に起きたこと(p144)

・天安門事件のときに警察では鎮圧できなかったので軍隊がでてきて虐殺した。その経験から日本の機動隊に学んでつくったのが、武装警察隊である。これは160万人にいて、人民解放軍よりも多い、しかし暴動が年間20-30万件起きるので足りない(p155)

・日本国憲法は、皇室典範を国会の議決する普通の法律にしてしまったから、皇室内部の問題である問題が国会で議論される。明治憲法では皇室典範は憲法と同格(p205)

平成27年4月26日作成