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summary

終戦直後の日本 教科書には載っていない占領下の日本

終戦直後の日本 教科書には載っていない占領下の日本の写真

・終戦当時、中国や東南アジア、太平洋の島々には、約660万人の日本人が在留していた、軍人はそのうち353万人、終戦と同時に1946年までに510万人が日本へ戻っている。軍人、政府関係者が優先されて、民間人は一番後回しにされた(p42)シベリアに送られた人は、70−80万人とも言われている(p44)

・東京裁判が現在も不当な裁判と言われるのは、日本がポツダム宣言を受諾した当時の国際法には、A級犯罪(A,B,Cは単なる区分)の「平和に対する罪」C級犯罪の「人道に対する罪」は存在していなかった、この2つの罪は、新しく作った法律で過去の犯罪を裁いた(p55)

・元々、山谷は江戸時代から安宿が多く存在した場所であったが、現在の姿の原点と言えるのは、終戦直後のテント村である(p64)

・分割占領案は、終戦までにアメリカ軍の内部でほぼ固まっていた、北海道・東北地方はソ連、関東地方と中部地方はアメリカ、東京は4カ国統治(米ソ英中)、関西地方はアメリカと中国、四国地方は中国、中国地方と九州地方はイギリス、実行されなかったのは、アメリカが核爆弾の開発と運用に成功、ルーズベルト死去によりアメリカの対ソ外交政策が変わったからという説あり(p123)

・終戦後の日本では猛烈な勢いで物価が上昇、数年間で消費者物価指数が100倍強になった、米10キロの値段は、1945年12月では6円だったが、1950年には445円になり、70倍となった(p142)

2021年8月31日読破(推定)