本書は、第二次世界大戦後、アメリカの力を背景に維持されてきた国際秩序がなぜ揺らぎ、「力こそ正義」という大国中心の世界が再び現れつつあるのかを、冷戦終結後の約30年間から読み解くものである。著者が一つの転換点として挙げるのが、2013年にオバマ大統領が示した「アメリカは世界の警察官ではない」という姿勢である。著者は、これがプーチンや習近平にとって、アメリカが従来ほど世界秩序維持に介入しないという「誘い水」になったとの見方を紹介している(p18)。
しかし、アメリカの後退は突然始まったものではない。9・11後の「テロとの戦い」は80カ国以上に及び、戦費は8兆ドルに達したとの調査が紹介される(p33)。冷戦に勝利して唯一の超大国となったアメリカは、その力を世界各地で行使する一方、2002年にはABM条約から一方的に離脱し(p80)、2003年にはイラクへ侵攻した。さらに旧ソ連圏への西側の影響力拡大が進み、ウクライナとグルジアのNATO加盟問題が、ロシアとアメリカの関係を決定的に悪化させたと著者は整理する(p95)。
ロシア側には、ソ連崩壊後の「失地回復」という意識がある。1991年のソ連崩壊時、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンには核兵器が残されたが、1994年の覚書によって核兵器を放棄する代わりに領土や主権の尊重が約束された。それにもかかわらず、2014年にロシアはクリミアを併合した(p37)。2022年のウクライナ侵攻に際しても、プーチンは国連憲章上の自衛権を意識し、「特別軍事作戦」を自衛のための行動として説明したと著者は指摘する(p269)。ここには、法による秩序と大国の力による秩序の衝突が表れている。
一方、アメリカ自身も国内から変質していった。冷戦後のグローバル化によって、企業や一部のエリート層は大きな利益を得たが、製造業の海外移転により、従来アメリカの繁栄を支えてきた労働者層、とりわけ白人中間層の一部が経済的・社会的地位を失ったと著者は論じる(p58、306)。2016年のトランプ勝利を、著者は労働者、農民、非エリート層による都市部エリートへの反乱であり、グローバル化の「負け組」による「レコンキスタ=失地回復」と位置づける(p302)。
そこには経済格差だけでなく、人種・文化をめぐる不安も重なる。かつてアメリカは圧倒的に白人中心の社会であり、1956年には白人が人口の89%を占めていたとされる。その後、移民法改正や公民権運動を経て社会構成が大きく変化した(p196)。著者は、2045年頃には白人が人口の半数を割るとの予測にも触れ、この人口構成の変化が一部の白人層に「自分たちの国を失う」という感覚を生み出していると論じる(p185)。ポリティカル・コレクトネスへの反発も、こうした文化的変化への反応として描かれる(p190)。
同様の亀裂はヨーロッパにもある。ウクライナ侵攻が始まった2022年、ドイツには多数の外国人が流入し、その定着や社会統合が新たな課題になったと紹介される(p211)。人の国境を越えた移動は、グローバル化の象徴であると同時に、各国でナショナリズムや排外的な反応を強める要因にもなっている。
本書全体を貫くキーワードは「レコンキスタ」、すなわち「失地回復」である。ロシアはソ連崩壊で失った大国としての地位を、中国は過去の屈辱以前の国力と影響力を、そしてアメリカ国内の一部勢力はグローバル化以前の経済的・文化的優位を取り戻そうとしている。方向は異なっても、「かつて持っていたものを取り戻す」という感情が、現代政治を動かす共通要因として描かれている。
その先に著者が危惧するのが、複数の大国がそれぞれの勢力圏を形成する世界である。そこでは法の支配が常に優先されるとは限らず、「ジャングルの掟」が広がり、「力こそ正義」が新たな常態になりかねない(p316)。1945年以来約80年間続いてきたアメリカ中心の秩序は、自然に成立したものではなく、アメリカの圧倒的な力と意思によって人為的に支えられてきた。したがって、それが今後も同じ形で続く保証はない(p318)。
日本は戦後、このアメリカ中心の同盟秩序の中で安全と繁栄を得てきた。しかし著者は、これからの80年間もアメリカが従来と同じ保護を与え続けるとは考えにくいとする。そして「では日本はどうすればよいのか」という問いに、単純な処方箋を提示するのではなく、**「答えは自分自身で見つけなければいけない」**という問題提起で本書を締めくくっている(p318)。
本書の核心は、現在の世界の混乱を突然の異変として見るのではなく、冷戦後のアメリカの行動、ロシアや中国の失地回復意識、グローバル化が生んだ国内格差と文化的反発が積み重なった結果として捉えることにある。「力こそ正義」がよみがえった背景を理解するには、国家間の対立だけでなく、それぞれの社会内部に蓄積してきた喪失感まで見る必要がある、というのが著者の基本的な視点である。
summary
世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか