・ローマが広大な領土を支配するようになると、元老院による集団指導体制では統治できなくなった、一人の人間に権力を集中したほうが能率的なので、初代皇帝:アウグストゥスは元老院を尊重しながら統治をした(p21)
・神聖ローマ帝国は、西ローマ帝国を引き継いだ国ということであるが、実際にはドイツである、10世紀から19世紀初頭まで続くドイツの呼称である(p59)
・グレゴリウス教皇は、ハインリヒを破門したので、ドイツからカノッサ城まで詫びを入れに来た、カノッサの屈辱(p63)
・もともとはフランス王国内にあるノルマンディー公国の君主であるウィリアムは、イングランドも征服した(p68)
・1534年にエリザベス女王の父は首長法を公布してイギリス国教会をつくり、国民もそれに倣った。所属した教会は変わっても信じる神は変わらないので問題なし、ローマ教会所属の修道院の土地財産を没収して貴族に分け与えたので得した者も多い(p125)
・スペイン艦隊は、1571年のレパントの戦いでオスマン帝国海軍を破って以来、1588年に負けるまで無敵艦隊と呼ばれた(p132)
・モンゴル帝国がバラバラになったのちに、一代で西半分を再統一したのがチムール(1336-1405)で1402年にはアンカラの戦いでオスマン帝国を滅亡の危機に陥れさせた、欧州ではモンゴルをタタールと呼んだ(p140,152)
・ルイ14世が太陽王と呼ばれるのは、少年の頃に太陽神アポロンのコスプレをしてバレエを踊ったことにある(p152)
・綱吉の「生類憐みの令」は人間も含まれていて、牢獄における囚人の待遇改善も命じている、施行されたのは幕府直轄領のみで諸藩は適用外(p168)
・ロシア・ピュートル1世は北方戦争で1700-21年、スウェーデンと戦って得てバルト海沿岸に念願のサンクトペテルブルグを建設して、モスクワから遷都(1712)した(p169)
・フランスは独立戦争でアメリカを援助しなければ財政難も酷くならなかった(p184)
・フィリピンは第二次世界大戦中の1942年に日本軍の占領下に入り、戦後アメリカ領となった後に1946年に独立した(p234)
・ハンニバルのアルプス越え時に37頭いた象は、イタリア半島に着いたのは3頭のみ、兵隊は5万が2.6万人へ減少(p241)
・ローマが強かったのは、ローマにもどった指揮官に対して感謝して、ローマ市民全体の団結を図った(p250)