・明治維新とは、幕藩体制という地方分権体制を否定し、強力な中央集権を目指した動きであったが、大蔵省とは別に内務省という組織を作って、地方行政は内務省に任せることにした(p19)
・貴族院が少しでも修正すれば、今度は衆議院の承認を得る必要がある、したがって、先議権とは事実上の決定権である(p22)
・大蔵省にとってもソフトとは、情報と人事であり、それが最も大事(p24)
・ライバルであった板垣と大隈は手を組み、憲政党を結成し、衆議院の9割を占める巨大野党ができた(p34)
・当時の日本人である朝鮮人の生命や財産が侵害される事態に世論は憤り、関東軍は彼らの保護を理由に張学良の討伐を開始した、これが満州事変(p64)
・インフレは良いことでデフレは悪いこと、生産物よりも貨幣のほうが少しばかり多い状態が健全、働いたモノの価値が高まる、すなわち労働力が報われるから(p111)
・昭和26年9月にサンフランシスコ講和条約を結び、翌年4月28日に日本は独立したが、問題として、占領期に公職追放された政治家(鳩山一郎等)が帰ってきた(p127)
・アメリカ公文書公開のルール(40年後に公開)により、自社55年体制は、米ソ代理戦争であったことが判明した(p152)
・三木武夫は、誰の側近にもならず、権謀術数だけで総理の座を奪い取った最初で最後の人(p178)
・三木が自民党多数派を恐れなかった根拠として、内閣法制局と検察庁を味方につけておいたことがある(p183)