・西欧ではすべての出発点は「人」、だからこそ万物を支配する存在として、人間を想定できた。しかし日本人にはそのような感覚はない。地震や津波があると、人も動物もともに流され、人間だけが特別な存在と主張するなど考えられない(p14)
・人間以外の生き物を大切にしている一例として、動物の去勢をしない点がある。動物を「もの」として考えられなかった(p17)
・変わらないから変わらないことを大切にする西欧文化とは逆に、我が国では、変わってしまうから、変わることを喜ぶ文化が育った。建物の耐え替えもしかり(p18)
・我々の死は、普段は恵みをもたらせてくれる自然のきまぐれで死んでいったので、恨む相手がいない、欧州では恨みを残して死んでいったと考える(p21)
・本来の聖書には書かれているが、省略されている場面として、殺戮がある(p23)
・日本の自然災害死者数は、関東大震災が1位(10.5万人、1923)、明応地震(1498)、鎌倉大地震(1293)、明治三陸地震津波(1896)と続き、東日本大震災(21565人、2011)がある(p35)
・1959-1995年まで大きな災害がなかったが、この36年間に、奇跡の経済成長をしているのは、大災害の空白期と重なる(p36、49)
・阪神大震災の震源近くでも、868年に地震が起きている(p39)
・鴨長明が方丈記で語っている自身が感じた不思議とは、1)安元1177の京の大火、2)治承1180の強烈つむじ風、3)福原遷都1180による京の荒み方、4)養和1181の飢饉(p42)
・史上最悪の飢饉とは、1230-32(寛喜・貞永)で、御成敗式目制定の契機となった、所領問題ではなく大飢饉の発生が原因、江戸の三大飢饉(享保:1732-33、天明:1783-84、天保:1833-39)(p51)
・飢饉を含む自然災害が頻発したので、鎌倉仏教という新しい仏教思想が民衆に浸透した、法然・親鸞・一遍・栄西・道元・日蓮(p53)
・吉宗は農村人口の減少が年貢収入を減らしていると気づき、初めての人口調査が1721年に実施され、総人口が2606万人と記録された(p55)
・篤姫が将軍家定の正室となった安政期前後は、政治的に騒然としているが、自然災害も集中期であった(p58)
・下野、東北各藩では、人口が吉宗期と比較して大幅に減少、一方長州では人口が増えていた(p60)
・日本の国土面積の70%が山岳地帯で平野が少ないのも問題だが、山岳地帯に風化した岩がとどめ置かれている点がさらに難儀である(p70)
・以前の関東平野は、多くの河川が自由自在に流れていて、洪水があるたびに流路を替えながら各地域を水浸しにしていた、関東には小高いところだけ人が住んでいた、大阪平野も同様(p73、74)
・我が国では数千ものダム、堰、ため池などの貯水設備を、大和朝廷以来整備してきたが、数字的には、300億トンの水である。これは、中国の三峡ダム、アメリカのフーバーダム1つ分(p80)
・中国や欧州で城壁が建設されてきたのは、そればなかったら多くの人間が愛する者の死に直面しなければならないという惨劇を経験してきたから(p99)
・ホワイト氏が彼の著作で紹介している日本の虐殺は、島原の乱のみ(1637-38)で、2万人の男性信者、1.7万人の女性子供、生き残ったのは105人(p102)
・大量虐殺ベスト20にあるのは、1:第二次世界大戦(1939-45、6600万人)、2:チンギスハン(1206-27、4000万人)、3:毛沢東(1949-76、4000万人)、19:西ローマ帝国滅亡(395-455、700万人)、中国内戦(1927-37,45-49、700万人)(p103)
・西洋文明の根幹にあるのは、「人命を賭してでも実現しなければならない正義がある」だが、日本人は、「殺人を犯してまで実現すべき正義など一つもない」である(p106)
・西洋文明で、市民とは、責任を果たすことを約束したことで安全な城壁内に住む権利を得た人、を指す(p111)
・江戸時代における全国の村の数は、元禄10年(1697)で、6万3276、天保5(1834)で、6万3562であった。現在は1800程度(1720)なので、単純に1つの市町村に、35程度の江戸時代の村が含まれている(p118)
・喧嘩両成敗の考え方とは、どちらに非があるかを探ろうとせず、理非はともかくとして「争っていること」がいけないという精神、だから双方が成敗される(p124)
・明治6年(1873)の地租の導入により、それまでの年貢(耕作権・使用権が保証された時代)から、地租(所有権が認められる)という革命的な変更が行われた(p127)
・日本では政治が変わっても社会があまり変わらないことや、権力が混乱しても社会が混乱しないことは、日本において「権力」が脇役であることを物語っている(p134)
・官僚制(中国・イスラム)が集権的であるのに対して、封建制(欧州・日本)は、分権的、土地をめぐって主従関係が結ばれ横に広がるような、やくざの組織に近い。地理的・地形的条件や外的条件から、強力な権力のみが全土を支配できたか否かによる(p153、155)
・日本語において、人称表現が豊かなのは、君がいるという二人の関係の中においてのみ、自分があるということの証明。あなたが居るからわたしは居る、あなたとの関係の中にのみ存在していると考えるのが日本人(p164)
・人間関係成立に特化して日本語といいうものは磨かれてきたことがわかると、和歌によって微妙にゆれる相手を思う気持ちを上手に表現する能力がなければ、人間関係(男女関係)はまず成立しなかった(p164)
・グローバル時代には、現代の我々は、より正確に情報伝達できる言葉遣いや、論理構成の正しい文章表現を心掛けるべき、なのに正反対の方向に向かっている(p168)
・大転換となった1995年にあったこと、地震とサリン事件以外に、1)暮らしが悪くなると思う人が上回った、2)生産年齢ピーク年、3)デフレ経済突入、4)財政危機宣言、5)金融機関破たん、6)大阪府・東京都知事選挙、7)円急騰、8)アメリカによる年次改革要望書、9)規制破壊、10)短期雇用者の導入、11)地方分権推進法(p208)
・昭和20年9月1日、同盟通信社が24時間業務停止命令、9月18日、朝日新聞は48時間の停止命令(p217)
・4月28日の意味(占領終了し、主権を回復した日)を考えるべき(p221)
・われわれが取り戻すべきは、他国民が決してまねできない、集団力の発揮、である(p228)