・平時信の娘の夫が平清盛であるが、その末裔が90代亀山天皇、93代後伏見天皇を経て、今の天皇家に繋がっている(p18,19)
・平氏というと、清盛の一門だけでなく、清盛の妻時子も平氏で、伊勢平氏の清盛の家系より家格の高い、堂上平氏と呼ばれる一族(p20)
・男側の系図で見るから滅びたりする一族がいる、一転視点を女の側に向けると、栄えているのは滅びたはずの一族だったりする。(p23)
・天皇は姓を授ける側であって、名乗る側ではないので、天皇には姓が無い。同じころ、臣・連といった姓(かばね)ができて、蘇我の「臣」、大伴の「連」などと、氏について朝廷内での序列を表した。姓は身分を表す爵位のようなものである(p25,26)
・名字は氏姓制度が崩壊したのちに、平安時代に生まれた通称、名字は北条や梶原であっても、氏=本姓は「平」という具合である(p26)
・天皇の妻は上から、皇后→妃→夫人→嬪という序列があり、正妻である皇后は別格である(p27)
・古代の王族にとっては、父方の親族は王位を争ういわばライバル同士、それに対して母方の親族こそがわが身内という指摘もある(p58)
・実名忌避の俗信とは、名前と人間は一体であるという考え方から、実名を知られると呪いをかけるのに利用されたり、災いを受けるなど危険であるとして実名を秘したり、別名で呼ぶ習慣のこと(p71)
・義経は源義朝の子で、頼朝の異母弟である(p174)
・江戸時代の将軍の母親は側室である場合が多い、正室は3人のみ(p197)