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summary

信長燃ゆ 上 (新潮文庫)

信長燃ゆ 上 (新潮文庫)の写真

・信長公の墓所といえば、大徳寺の「そう見院」や移築された「本能寺」にあると信じている人が多いようだが、阿弥陀寺こそ真の墓所である(p11)

・朝廷の権威を乗り越えようとした者(日本国王を名乗った)は、足利義満公のみである(p72)

・覆面とは、単に顔を隠すためのものではない、人がこの世ならざる者に成り変わろうとする時に身にまとう(p77)

・吉田神社は、藤原氏の氏神である春日大社の神々を勧請したもので、近衛家とのつながりも深い(p119)

・四国統一を目指す長曾我部に対して、阿波・淡路の旧主である三好康長が信長の力を借りて対抗しようとしたので、秀吉を頼り、長曾我部は光秀を頼った(p220)

・ポルトガル人が要塞を、モザンビーク・ゴアに創った狙いは、金・奴隷・香辛料であった、ポルトガル人は東アフリカで奪い取った金と奴隷をインドの香辛料と交換して、アラビア・欧州で売りさばいて利益を得た(p248)

・武士は刀で人を斬るが、公家は策を用いて人を斬る、それゆえ油断なく周囲に目を光らせ、周到な根回しをしてから公に臨む(p269)

・信長包囲網は足利義昭と言われるが、29歳まで仏門にいた、にわか将軍には無理。19歳で関白就任以来、ありとあらゆる勢力との連係を図ってきた前久が勅命をちらつかせながら根回したからこそである(p277)

・信長は神道の欺瞞、あいまいさ、仏僧どもの堕落しきった生活ぶりを許しがたく思っていたので、キリスト教を保護することでそうした勢力に脅威を与えようとした(p330)

・征服された国の民は、氏神をおとしめられ、言葉と文化と歴史を奪われ、奴隷として服従することを強いられた。こうした渦中に、神武天皇にひきいられた朝廷軍が参入した(p427)

・言葉も種族もことなる者たちを、どうしたらひとつにまとめ上げることができるかを考えたあげく、天照大御神より豊葦原の瑞穂の国を治めよと命じられて天下ったという神話の創出、その神話と史実を結びつけるための、古事記・日本書紀を編纂した。各種族をまとめ上げるために、彼らが奉じる氏神を天照大御神を中心として序列、神々の体系づけを行った(p428)

・豊臣秀吉は関白、徳川家康は征夷大将軍となり、死後に朝廷が作り上げた神々の序列に従って、豊国大明神、東照大権現となった(p429)

・朝廷が衰微して令が諸国に達しなくなると、陰陽寮(賀茂氏)で作った暦も都の周辺でしか用いられなくなった、伊勢暦・尾張暦・三島暦などがあった(p467)