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「発想」の極意 人生80年の総括

「発想」の極意 人生80年の総括の写真

・熟睡しても何もひらめかないのは、眠る前にきちんと「材料」を仕入れていないから(p16)

・関西地方に第二帝国大学をつくってほしいという要請に対して、岡山が先、次に京都が名乗りを上げた。当初は岡山が有力であったが、結局は、旧制三高を母体とした京都に創立された(p27)

・日下氏が現在入居している老人施設「グランダ」を経営しているのは、ベネッセホールディングズで、岡山が本社である(p29)

・岡山理科大学は、海と川の魚が一緒に泳げる魔法の水を発明している(p32)

・軍政とは、軍人が直接行うものではなく、占領当初は軍人が入って治安回復をするが、その後は軍属の民間人が派遣される(p41)

・日本経済の復興は、傾斜生産よりも、闇市の流通であると思っている(p53)

・様々なイフを考えて何通りものストーリーをつくり、第二幕・第三幕を想像すると人生が楽しくなり、ビジネスでも成功する可能性が広がる(p75)

・発想の翼を自由に大きく広げて拡散思考の訓練を積んでいくと、自分なりのストーリーがつくれて、より長期的な展望が持てる(p80)

・日本の国民が好きで一生懸命なものとして、マンガ・音楽・勉強・ゲーム・食事・アパレル・旅行・テレビなど、これらは自然に輸出競争力を身に着けつつある(p101)

・数字とかデータは、そもそも人を騙すようにつくってあると心すべき(p116)

・直観力を磨くには、実体験を重視・自由な勉強・1つの問題を縦から横から見る・手作りの情報が貴重・知識理論は必要になった時に学ぶ・友人との会話・放心の時間も重要(p117)

・リサーチだの理由をつけるよりも、やる気、が一番大事である。アメリカ側の日本軽視、日本側のデータ軽視、やる気重視が、ホンダのアメリカ進出の話(p118)

・アメリカでは「おまえらよりも俺の方がよほど賢い」というフリをしていないと生きていけない(p123)

・インチキのノウハウを見破るには、1)動機で見る、
2)結果で見る、3)関係者で見る、4)理論づけのインチキを見る(p131)

・知識や暗記が大事なのではなく、データからどんなストーリーを組み立てられるかがカギ、マンガ・アニメを通して鍛え上げられてきた日本人の「ストーリー力」が強みを発揮する(p143)

・不動産投資でたくさん土地を買った親が息子や娘に譲りたいということで、相続税対策のために大学をつくった、子供を理事長にすれば土地を譲れる(p153)

・最初に教育権は国にあると言ったのは、プロイセンの王フリードリッヒ・ヴィルヘルム三世(1797-1840)である、国家には子供を教える権利、親には子供を差し出す義務があるとした、これを日本は富国強兵のために取り入れた(p157、160)

・相手と向き合い、全身で取り組み、手で触り、指で撫でる、そんな接し方をしないと、ユニークでオリジナリティがある発想・説得力はできない(p162)

・美人を追いかけるような男は三流だ、と言われてきた背景としては、「美人・不美人や賢・愚より、女は愛嬌、男は度胸」という価値観があった、さらには「勉強第一ではない、しっかり友達をつくれ」という考え方もあった(p169)

・氷河期のどん底だった二万年前を過ぎると平均気温が高くなって海面が上昇、次から次へと島ができた、それが、淡路島・四国・隠岐・九州・本州ができ、という古事記の記述と合う(p217)

・アメリカ人が各国別に調査したところビックシステム(軍隊、政治、裁判所、警察、税務署、医療、教育、金融など)が信頼されているのは日本だけ(p225)

・世の中の出来事は、1)写真映像など、視覚的な情報である「ピクチャー」、2)事件を動かしている「キャラクター」、3)起こったことに解釈を含めた「ストーリー」が重要な構成要素となっている(p229)

・ポケモン、ワンピースは描いても描いても途絶えることがなかった、敵同士でも分かり合うようにある、涙を流すというストーリーが目立つ。スタジオジブリにはそれができなかった、教条主義的であった(p233)

・神仏習合=本地垂迹説の考え方によって、神と仏を一緒にする(伊勢神宮の本地は大日如来、熊野三山の本地は阿弥陀仏、石清水八幡宮の本地は観自在菩薩など)ことによって、古くからあった神道と新しく入ってきた仏教の対立をうまく回避した(p237)

・昭和20年の敗戦を境にした「戦前派」「戦後派」と同じように、311を境にして「震災前派」「災後派」に分けられる、自衛隊に対する姿勢がその一例(p239)

・災後派となった、戦前派の思いの代表としては、「津波は百年に一度くらい来るらしいが、どうせ来るなら来たのが私の時でよかった、孫の時代では孫たちが可哀そう」という言葉である(p241)