・大東亜戦争終結から今年で78年、その間に戦争が何回あったか、内戦を含めれば累計135である、中には、シリア・ソマリア・カシミール・パキスタン・イエメン等、今も続いている戦争がある。人間は戦争をやめられない動物である、戦争は始めるのは容易だが、終わらせるのが極めて難しい。今回のウクライナ紛争もそうである(p4)
・戦争を終わらせるのは政治家のみが担う仕事である、政治家が戦争を根本的に考え「どのようにおわらせるか」までを設計しなければならない、この戦争設計をできる人がいない国には、停戦も終戦も訪れない。(p5)
・人間の前頭葉は物事の発生した順番を記憶できる回路で、発生した順番を記憶できるのは時間感覚につながる、そして次の段階では、後に起きたことは前に起きたことの結果であると考えるようになる、仏教でいう因果関係の発見である。(p19)ありもしない危険を作り出すのが前頭葉の犯す過ちでもある、先制攻撃をするのは人間だけで、だから人間社会には争いが絶えない(p20)
・ビザとは入国許可証、パスポートは本国への再入国許可証である、パスポートは、もう一度自分の国に戻るために必要なものである(p21)
・自衛隊が海外へ出動するのは、国連決議がある場合に限られている、だから安保理で拒否権を持っている常任理事国には全く抑止効果がない(p30)自衛隊が戦うのは、日本領土に敵軍が侵入した時と、自衛艦や自衛隊機が攻撃された時だけ、他の国にとっては、日本の領土・領空・領海に入らず、日本周辺ではやりたい放題で、怖いのはアメリカ軍の出動のみ(p31)
・脅威は「意図」と「能力」に分けられる、侵略する意図があるのか、侵略する能力があるのか、ということである。日本はプルトニウム爆弾を1年で100発作る能力を持ち、すでにH2ロケットを打ち上げ、H3ロケットを準備しているのでいつでもワシントンへ撃ち込める。原子力空母も日本の経済力なら3年もあれば5隻程度は作れる、だから新しい脅威になる(p56)
・戦争が始まるとアメリカの大学生は続々と軍隊を志願したが、日本の大学生は殆ど志願しなかったので、学徒動員が必要だった。誰もしないから強制措置が必要になった(p72)
・新都市計画法は、市街化区域と市街化調整区域を指定して、大都市部の農地には宅地並課税をするのが法律の中身である、農地は固定資産税が100分の1で相続税がかからないが、それをやめることにする。しかしこの課税は見送られたので、農民は大喜びして自民党様様となった。日本中の市街化区域の指定は途方もなく広がった(p85)
・昭和10年くらいまでは軍人の生活は大変だったが、盧溝橋事件が起きると、突然ボーナスがでて勲章が出るようになった。青年将校が515、226事件を起こしたのは、軍人がこのように不幸だった事情も見逃せない(p115)
・アメリカが第一次世界大戦に参戦したのは、財界がイギリスとフランスにたくさんお金を貸していたから、ドイツには貸していない。イギリス、フランスが負けると金を取りはぐれることになる、その要望が参戦を決めた本音であった(p149)
・戦略とは「目的に照らして、どの戦術を選択するか」であり、戦術とは「ある局面における戦い方」であり「あそこの陣地を取れ」と言われた時、損害を出さずに時間をかける、損害を出しても今日中に取るのも戦術である、戦術には何通りもあって、どの戦術が良いかは戦略によって決まる。戦略も何通りもあり、どの戦略で行くかは「政治」で決まる(p153)
・戦争が終わって中国を支配したのは、アメリカが支援した蒋介石政権ではなく、毛沢東だから、アメリカと日本は第二次世界大戦では惨敗である、この意味ではイギリスも負けている、中華民国も同様、勝ったのは、毛沢東の中華人民共和国とソ連である。勝ったとは、最初に狙った戦争目的を達成したかどうかである(p161)
・日本と中国は昭和12年以降、戦火を交えていたが、お互いに宣戦布告をしていない。当時アメリカには中立法があって、交戦国に対する融資や武器輸出を禁じていた。従って、日中両国が宣戦布告をすると、アメリカから武器を輸入できなくなる。アメリカの武器メーカ(ボーイング、ロッキード、ダグラス、カーチスなど)は、日中戦争のおかげで倒産寸前を助かっているので、アメリカは支那事変を戦争とは認定せずに武器輸出を続けた(p168)
・ポツダム宣言は、明らかに「平和のための講和条件の提示」であって、無条件降伏の勧告ではない、ドイツ政府は無条件降伏を承諾せず、そのまま瓦解したが、日本国はこのポツダム宣言を受諾して終戦した。すなわち「有条件降伏」であり、ポツダム宣言は勝者も拘束される条件である、5月8日「無条件降伏とは、軍隊の無条件降伏である」という対日声明を出した(p184)
・日本がベトナムから引き上げた時、ホーチミンは昭和20年9月2日に独立宣言をしていた、そこにフランス軍が入ってきた。ビルマも昭和18年8月1日には独立していた、なので新しい侵略国は、昭和20、21年における、イギリス・アメリカ・フランス・オランダである、日本がインドネシアから引き上げた後に、オランダが入ってきた(p192)
・日本は昭和16年12月8日に開戦するにあたって「日本は民族解放のために戦う、大西洋憲章と同じ目的である」と開戦の詔書に書くべきであった、植民地解放のためにオランダ・イギリスと戦うということにすればよかった(p209)
・戦後78年を経る今、日本が反省すべきことは、侵略でも大虐殺でもない、戦争を設計せずに、大東亜戦争へ突入したことである。このことを反省しない限り、日本は再び大きな過ちを繰り返すことになるだろう、それを防ぐのが政治の使命である(p216)
2023年3月13日読了