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summary

もし本能寺の変がなかったら信長はアジアを統一した (新書)

もし本能寺の変がなかったら信長はアジアを統一した (新書)の写真

・本能寺の変は、光秀の単独犯行で、黒幕は存在しないという結論となる、ノイローゼになっていて発作的に変を起こしたと考えられる(p34)

・戦国時代に実力主義を口にするものがいても、実際にそれを実行しているケースが少ないのは、当時の一般的な大名家の事情が、身分硬直化・領国からの縁故採用となっていたから(p37)

・光秀は、この先信長についていくことが栄光への道なのか破滅への道なのかがわからなくなっていた、室町幕府を壊滅、朝廷に対しても自分の要望を飲ませている(p40)

・信長の天下統一の目的の一つは、国際貿易港の独占、毛利氏、九州の諸大名は自前の国際貿易港を手中にしている、火薬に必要な、硝石・硫黄・木炭のうち、硝石は輸入する必要があった、特定の大名に属さない国際貿易港が堺にあった、ここを抑えるとそれより東の関東諸将は硝石が入りにくくなる(p57、59)

・中国人が鉄砲と引き換えに得たかったものは、中国ではとれない硫黄であった(p64)

・村と町の違い、農業や漁業を営む生産地がすなわち「村」、生産物を交易する市場が「町」であった(p74)

・権力の成立に必要な要件として、1)賞罰権、2)軍事力、3)権威(正統性)である(p90)

・信長の意図は、あくまで宗教者は中立を保つべきという要望である、一方の武将に味方し、一方には仏敵と罵るのはおかしいというのが信長の思考である(p110)

・本願寺も延暦寺も信長との戦いを経て武装解除した、今日身近にある寺社に武器がないのは、信長が宗教勢力と激しく争った結果である(p111)

・家康には「東照大権現」という神としての名前が与えらえている、権現とは、この世に現れるという意味、権現さまは地上に現れて世を平定した後、子孫を残して遠くの世界からこの世を見守っている存在である。東照は大和読みすれば「アヅマテラス」となる、西の都に鎮座する天皇が「アマテラス」の子孫ならば、東の都である江戸を守るのは「アヅマテラス」の子孫。天皇の権威に対応したもの(p120)

・武田信玄などの旧勢力が信長のような政策(楽市楽座)を取れなったのは、商権・経済の利権を、古来の有力な寺社勢力に握られていたから。何を生産するにも、その権利や有力寺社にあり、その許可を得た少数の特権商人が「座」という集団をつくって値段を制御していた(p130)

・寺社の権限をはく奪するには、1)寺社に使用料を払わない、特権商人同士のカルテルを無視、2)関所をなくして、ヒト・モノの流通を盛んにする、3)市場ではテナント料なしで商売できるようにする、フリーマーケット、これらの政策を、「楽市楽座の創設」「関所の撤廃」という形で実現したのが信長(p135)

・家康は関所の復活をし、厳しい検問を行ったが、関銭はとらなかった。人の交流、物流の活性化を図るため(p139)

・堺は大陸からの交易船の最終港であった、堺には平安時代から鋳造、鍛造の先端技術が伝わり、戦国時代には南蛮貿易で黄金時代を迎え、ベニスのゆに繁栄していた(p143)

・過半数以上の大株主=創業者一族(51%以上)の力を何とかして小さくするには、さらに同レベルの株式を発行すること、社名を変更することである。これを戦国時代に当てはめると、海外領土の獲得となる。秀吉のやろうとしていたことはそういうこと(p181)