suu3.jp 戻る

summary

大放言 (新潮新書)

大放言 (新潮新書)の写真

・言葉の自由を失った国はやがて滅びる、皆が一斉に同じことを言い、一斉に誰かを攻撃する時代も同様である。それにどこからも突っ込まれない意見や、誰からも文句の出ない考えというものは、実は何も言っていないことと同じである(p19)

・自分はやればできる、というのは魔法の言葉だ、しかしこの魔法の言葉が効果を持ち続けるためにはある条件が必要だ。その条件とは「実際にやってはいけない」ということ。懸命に努力してあるいは必死で努力してもしできなければ、その場合はとんでもないことになるから(p25)「やればできる」という言葉は、「やればできた」者が言う言葉である。過去に頑張った結果、あることを成功した経験のある者だけが口にできる言葉である(p28)

・周囲の人間10人の意見を総合して、その大半の意見が一致すれば、その人物評はまずその人の等身大を現しているとみて間違いない。(p30)プラスの評価はしばしば実際とはズレが生じることもあるが、マイナス評価とはズレが非常に小さい。人間はいいように誤解されても、悪いようにはあまり誤解されないものである(p34)

・好きなことをしたいと言う若者たちを見ていると、古代ギリシャ時代の優雅な市民たちを思い浮かべてしまう。科学、哲学、技術、スポーツの文化が大いに花開いたギリシアは、実は人口の約半分が奴隷であった。労働の必要がなかった市民はだからこそ、そうしたものに没頭できた。(p51)

・好きなことをするのは、金を払う時の話である。ゴルフ、カラオケ、麻雀、旅行、スキー、ドライブ等、こうした趣味に遊ぶのは楽しいい。ただ、いずれもお金を払って楽しむものである。好きなことをして、かつお金も欲しいというのは厚かましい(p53)

・尊敬する人は誰かという問いに対して期待しているのは、尊敬する人物を通して、どういう生き方を目指しているのかを知りたいのである(p59)

・満足感というのは数値化できないものである、この数値化できない「何か」が、人生の幅を広げてくれるような気がする(p65)

・日本政府は文字や基本的なことを教えるために多額の税金を投入して朝鮮全土に5200を超える小学校を建てた、当時の朝鮮の上流階級(両班)は漢字が重視されていて、公文書には漢文が使われていたので両班以外は読めなかった。ハングルは下層階級が使う劣等文字とされていたが、日本はそれを小学校の必修科目にした、教科書は東京の印刷所で製作した。また36の師範学校もつくり、それは韓国の国立大学になった(p87)

・量刑が軽い理由は、現行刑法が作られたのが明治40年(1907)だから。(p97)

・大半の小説は利益が出ないが、それでもそれらの本が出版できるのは、たまにベストセラーが出るおかげである。そのベストセラーを図書館が大量に無料貸し出しを行って、出版社と書店を苦しめているのが現状である(p111)

・人間は本当に絶対にやらないことは、わざわざ言葉にしないし、そもそも考えることもしない(p144)

・日本は格差社会、と言っているのを見るたびに、それはいつのどの国と比べて言っているのかという疑問が浮かぶ。日本では年収1000万のサラリーマンは全体の5%、1500万円は1%、2000万円は0.1%、これが格差社会であろうか(p150)

・自己啓発本コレクターは、毛生え薬をはじごするハゲと同じである、今度こそ効くに違いない、と期待を込めて買うのだが効果はあまり現れず、もっと効く本があるはずだ、と新しい本を探すということになる(p157)

・外国から自衛隊が軍隊をみなされていようが、自衛隊は憲法上は軍隊ではないので、戦闘行為であても国内法に準拠して行動しなければならない。日本人を殺そうとしていた他国兵を自衛隊員が撃ち殺した場合、彼は国内法により殺人罪で告訴される(p215)