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教科書に書けないグローバリストの近現代史

教科書に書けないグローバリストの近現代史の写真

・第一次世界大戦後のドイツに科した賠償金の酷さだけでなく、もっと大きな問題は、のちのヒトラーによるポーランドからのダンチヒの回復、チェコスロバキアのスデーデンの併合に繋がる。ダンチヒはドイツ領、スデーデンにもドイツ人居住区があった。それがベルサイユ条約・サン=ジェルマン条約により、ドイツ及びオーストリアから切り離された。ヒトラーとしては、それを取り戻しただけという解釈が十分に成り立つ(p22)

・スペインで市民権を剥奪されたユダヤ人はオランダに金融と商業に関する最先端技術を伝えて、ニューアムステルダム港を開いた。この結果、17世紀前半にはオランダ一国で世界貿易の50%を超えるようになり、通貨ギルダーを発行するアムステルダム銀行は世界初の中央銀行であった。イギリスはオランダ船の入港を禁止した航海法(1651)を発布、三回にわたる英蘭戦争に突入、オランダは敗北した。イギリスは、親フランス派のジェームズ2世と議会が対立し、彼を廃位した議会はオランダ総督のウィリアム3世を新国王に迎えて、英蘭同盟が成立=名誉革命となった(p24)彼が多くのオランダ人を連れてロンドンへ移住、金融システムもロンドンへ移植され、イングランド銀行が生まれる(p25)

・紙幣を作ったのは中国人で北宋まで遡る、中国には金・銀山が乏しく紙幣は銅銭敷かなかった、唐代に経済が活性化してインフレになると、ものすごい量の銅銭が必要になる。そのため唐代の商人たちは、小切手を発行して取引の簡素化を図った。これを国家事業として紙幣化したのが宋王朝である(p28)

・東インド会社によるインド産綿布と中国産の紅茶の輸入の急増が、イギリスからインドへ、イギリスから中国(清朝)への銀の輸出という貿易赤字問題を引き起こした。この不均衡を是正するために、イギリスが綿布の国産化を図ったのが産業革命、そしてイギリスの安い機械製麺布がインドへ逆流しインドの手工業を壊滅、イギリスの植民地へと転落した。中国に対しては、アヘン(ヒロイン)を密輸した、清はアヘン販売を禁止したのでそれを守らないイギリス商人のアヘンを没収、処分した、これによりアヘン戦争が起きた(p33)

・アヘン戦争でイギリスは勝利し、清を支配する、この時のやり方はイギリスが非ヨーロッパ地域で行っていた、自由貿易帝国主義の完成形である。本格的な植民地化はしないけれど、不平等条約を利用して、イギリスに有利な自由鵜貿易を行い、清國の工業化を阻害し、同国マーケットを英国が独占する。重要なのは、香港上海銀行を作り、貨幣発行権をイギリス人が持ち、関税徴収組織の海関の長さえもイギリス人が就いた。(p34)

・イギリスが中国であれほど美味しい汁を吸えたのは、関税自主権を奪ったことに加えて、英系銀行(香港上海)が通貨発行権を握ったから、イギリスはアメリカで同じことをやろうとするがアメリカの経済学者が反発した(p36)アメリカはしばらくは高関税政策で幼稚産業を保護すべきと訴えた主張をリンカーンは受け入れた(p37)

・フランスのロスチャイルドが幕府に協力する一方、イギリスのロスチャイドはマゼラン商会への投資を通じて、薩長の資金源になっていた。二股をかけていた(p48)

・アヘン戦争と南北戦争は似た関係にある、清国を開国させて新たなマーケットにしたい、アメリカ南部を永久にマーケットにしておきたいという思いがある、それに抗う清国との戦いがアヘン戦争、それに抗うアメリカ北部と南部との内戦が南北戦争であった(p55)

・ワシントンl会議(1921-22)は、日英同盟を廃し、アメリカ・フランスを含む4カ国が新たな同盟関係に入るというもので、表向きは太平洋の現状維持のため、とあるが、日英同盟の廃止が目的だった(p115)

・2011年、李ピアノカダフィ大佐が殺されたのも、基軸通貨の問題が関係している、カダフィはリビア・ディナールをドルペッグ(連動)から切り離して、ゴールドを担保に新たに通貨を発行しようとしていた、新しい通貨でアフリカ経済を回すと言った途端、アメリカ資本がフランスと一緒になってリビア叩きを始めた(p210)

・気候変動という言葉自体、地球温暖化が論理的に怪しくなったから使い始めた、中国にCO2削減義務が派生するのは2030年からだが、その時にはパリ条約から脱退するという喜劇もある。(p227)

2022年10月20日頃読破