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学校が教えてくれない戦争の真実 日本は本当に「悪い国」だったのか (もっと日本が好きになる親子で読む近現代史シリーズ)

学校が教えてくれない戦争の真実 日本は本当に「悪い国」だったのか (もっと日本が好きになる親子で読む近現代史シリーズ)の写真

・アメリカを始めとする欧米諸国が、日本に強硬な姿勢をとった理由の中には、中国やアジアでの利権確保以外にも、日本人に対する人種的な優越感もあった、有色人種にすぎない日本人が欧米諸国と肩を並べること自体が、許し難い国際社会への挑戦だと感じた。アメリカにはすでに欧州では第二次世界大戦が始まっていて、ルーズベルト大統領はなんとかして、アメリカを第二次世界大戦に参加させたいと思っていた。大東亜戦争が始まる前のアメリカ経済は、大恐慌以来ずっと停滞していたので、資源・食糧を大量に消費する戦争しかなかった(p20)

・近代法にある「事後法の禁止」という概念がある、つまり事件を起こした時に法律によって違法だとされていなかった行為については、後でそれが違法になっても「過去に遡って」処罰されることはない、と言うものである。先進国の証としてそれを自国で実践していたはずの欧米諸国は、東京裁判においてそれらの原則を無視し「平和に対する罪」と言うそれまでに存在しなかった罪を終戦直前の1945年8月8日に作り上げ(ロンドン会議)東條英機ら28人をA級戦犯として裁き、7人を死刑にした(p29)

・イギリスは自国で作られた機械織の綿製品をインドへ売りつけて儲けようとしたが、すでに手織りの良質な綿製品を作っていたインド人たちは、そんな低い品質のイギリス製品を買わなかった、するとイギリスは役人を派遣し、インドの手織り職人たちを集めて、なんとその両手首を全て切り落とした(p38)

・欧米諸国は15世紀あたりから、世界各地へ出かけて行った。それまで見たこともない島に到達し、そこに他の欧米諸国の人間(白人)が訪れた形跡がないことを確認しすると、そこを「主のいない土地」として認定し、自分たちの領地だと宣言した。これを「無生物先取特権」というが、仮にその土地に現地の人々が住んでいたとしても、彼らは欧米白人でないので、人間とはみなされなかった(p51)

・あの戦争を大きな視点から見ると、日本があの戦争をやったために、アジアや中東、アフリカの国々が目覚め、戦後の独立に繋がったことは紛れも無い事実である(p59)

・セイロン(現スリランカ)の大統領は、サンフランシスコ講和会議において、日本が掲げたアジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあったと語り、日本に対して一切の戦時賠償を求めないという決定をした。またインドは、金銭的要求よりも友情に重きを置くして、この講和条約に参加することさえなかった。ラオス、カンボジアも賠償を放棄した(p63)

・東北震災の後は、オマーンと言う親日国であり、カブース国王を始め、多くの閣僚が日本へのお見舞い手紙やメッセージを送ってくれた(p66)

・日本が戦争に負けた後、オランダは再びインドネシアを植民地化するために軍を送り込んできたが、インドネシア人は徹底的に抵抗し、オランダの攻撃は凄かった。武装解除していた元日本人の多くは、この残虐行為を見てその多くがインドネシア人の部隊を率いて、再びオランダ軍と戦い、4年間に及ぶ独立戦争では、10万人とも言われるインドネシア人が命を落としたが、自らの手で独立した(p73)