・地図は、その地図が制作された時代の世界観を反映したものだといえる。地図によって示される、ある地域の位置関係や形といった地理的条件が、その地域の政治・経済・軍事・社会的な動向に影響を与えると考えるのが、地政学である。(p2)
・地球の特徴は、生命の生存に理想的な惑星である、宇宙の組み立てに関係している4つの力(重力、電磁力、強い核力、弱い核力)、これらが驚くほど微妙に調和している。(p9)
・北米植民地では、東岸に植民地を築くイギリスに対して、フランスの植民地は、それを取り囲むように内陸部に布陣していて、西へ広げたいイギリスにとっては邪魔な存在であった(p27)
・スペイン継承戦争に呼応した、アン女王戦争(1702-13)において、フランスは先住民と結託して攻撃を仕掛けるが、本国からの支援に苦しみ、イギリスに優位を許してしまう。ユトレヒト条約において、イギリスが、フランスやスペインから植民地や奴隷貿易の権利を獲得し、イギリス世界帝国の第一歩となった(p28)
・1898年、アフリカ縦断をもくろむイギリスと、横断をめざすフランスは、南スーダンのファションダで衝突したが、ドイツの躍進を危惧したフランスは、イギリスと対立するのは得策でないと譲歩、そして英仏の関係は良好、英仏vsドイツをいう、のちの世界大戦を思わせる構図が浮かんだ(p33)
・ドイツが条約を破棄して侵攻してくることを察知したソ連は、再びドイツと日本の挟み撃ちに頭を悩ました、そこへ持ちかけられたのが、日本との不可侵条約であった(p39)
・ローマ教皇がドイツで売り出した免罪符を、ルターが批判したことをきっかけに、カトリック教会への批判が強まり、宗教改革が勃発。スイスでは、予定説を主張し、蓄財を認めたカルヴァン派が登場する。イギリスにおける、このカルヴァン派のキリスト教徒がピューリタン、彼らがボストンプリマスに渡り、植民地を建設した(p47)
・1776年に独立宣言をだし、1783年にアメリカ合衆国として独立を果たした(p49)
・トランプが掲げた政策スローガンは、米国第一主義、経済政策では財政再建に力を入れるとともに、外交安全保障政策では、アメリカ国民の利益とアメリカの安全保障を最優先とし、アメリカ国民が海外の二の次にされると感じないように、海外への関与を縮小するもの(p53)
・南部は農業、そしてその担い手を確保するための奴隷貿易が盛んで、南部の農場主の権益擁護に力を入れていたのが、民主党。それに対して、奴隷制反対の立場で結成したのが共和党、そこからリンカーンも登場。ところが、南北戦争で敗れた南部は、信仰に救いを求めて、保守化。民主党の支持層も貧困層の白人が中心となった。地盤の逆転が起きたのは、民主党フランクリンルーズベルトの就任以来。都市労働者の救済、公民権立法などの人種政策のため、南部白人層が離反、それを共和党が取り込んだ(p57)
・ロシアでは、アラスカは期限付きでリースしただけとの説も根強く残っているため、新冷戦時代には、アラスカの地政学的重要度が増す可能性がある(p59)
・2007年のイラク駐留17万人に比べると、アフガニスタンでは2010→2015で10分の1(9800人)となり、大幅減となっている。アジアはここdまで兵力を減らしていないので、中東の重要度が低下しているのは明らか(p63)
・ロシアは1918年、第一次世界大戦から離脱するために、ドイツと、ブレストー=リトフスク条約を締結、ポーランド・ウクライナ・フィンランド・ラトビア等の3か国、コーカサスの地域を失った、ドイツ敗北とともに条約を破棄したが、取り戻せずに独立を認めることになった(p77)
・最も大きい時には世界の6分の1を占めたソ連だが、崩壊によって、その面積の24%を失った。国境線は一気に北に押し上げられ、これまで以上に不凍港の確保が困難になった(p79)
・ウクライナがNATOやEUへ加盟希望すれば実現するだろう、これに危機感を覚えたロシアは、苦肉の策としてクリミアを併合した。クリミア半島には、ロシアが2045年まで租借している軍港セバストポリがある(p82)
・地球温暖化の影響で、北極海の氷が溶けてきたことで、北極海航路の開通がにわかに現実味を帯びてきた。この航路なら、欧州・日本間の距離は、約2分の1、航海期間は3分の2に抑えられる(p85)
・EUの発足は、政治・文化・宗教で結ばれた、中世西欧世界の復活をイメージしていた。イスラム教国のトルコがNATOに入れても、EUには入れない一因がある(p93)
・フランスにいるイスラム教徒は、主に旧植民地である、アルジェリア、チュニジア、モロッコなど、イスラム圏である北アフリカの出身者が多い(p103)
・1536年、ウェールズが、1707年、スコットランドが、1801年にアイルランド王国が、グレートブリテン王国に併合された。1922年、独立したアイルランド自由国から、北アイルランドは離脱、グレートブリテン王国にとどまった。スコットランドは、カルヴァン派の流れをくむプロテスタント、残りは、イギリス国教会(p107、109)
・オスマン帝国の威光にかげりが見えてくると、宗教を用いて西欧諸国が食指を伸ばし始めた。フランスはキリスト教、イギリスはイスラム教、ロシアはギリシア正教を後押しした(p118)
・少数派であるシーア派は、イラン・イラク・バーレーンでは多数派を占めている、イランでは総人口の9割、イラク、アゼルバイジャン、バーレーンでも6割以上(p130)
・イランは革命を機に、反米に転じた。そこで、アメリカはイラクに武器提供で、スンニ派に属する、サダム・フセインに協力、イランを援助したのが、イスラエル・シーア派一派のシリア、スンニ派ながら反米のリビア、イランイラク戦争は終結するが、ここで莫大な債務を抱え込んだイラクは、クウェートに侵攻、1991年の湾岸戦争の引き金となった(p132)
・イスラエル占領地から追い出された、アラブ系パレスチナは難民となった、これを救おうとして組織されたのが、パレスチナ解放機構(PLO)であった(p141)
・ISは、西はポルトガル、東は中国の一部まで領土にする計画。つまり、8世紀のウマイヤ朝時代に築かれた、イスラム帝国最大版図の復興を目指している(p144)
・資源のない日本が強引にシーパワーを発揮して、どの確保に動いたものの、制海権を確保できず、その野望を打ち砕かれたといえる。太平洋戦争は、太平洋をめぐる日米のシーパワーの衝突であった(p177)
・ASEANは、日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドと、個別にFTAと、EPA(経済連携協定)を締結している。日中韓には無い(p191)
・アメリカが、TPPを推し進めてきたのは、中国が進める東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に対抗するため。ASEANに加えて、日本・中国・韓国・インド・オーストラリアの16か国で自由貿易協定の推進を図るというもの(p196)