・家康が自らの幕都を、地元駿河でなく関東平野(当時の東の果て)に定めたのは、道教・陰陽思想に由来するものであった、江戸は東に隅田川(青龍)、南に江戸湾(朱雀)、北に駿河台(玄武)、西に街道(白虎)を置いて永久不落の王都を完成しようとした(p28)
・東海道は日本橋から京都までに53の宿場を置いて、江戸(穢土:現世)から京都(極楽浄土)への信仰の道ともいえる(p31)
・宇宙の根源(太極)から陰と陽の2つの気(両儀)が生まれ、陰と陽は分裂して四象となり、さらに分裂して八卦となる、四象は、現象としては「太陽、少陰、少陽、太陰)、方位としては「東西南北」、時間としては「春夏秋冬」を表す(p38)
・地理風水の視点で、龍脈の真上を通る東海道に55のポイントを大気の気の噴出点であるとして東海道53次を考えれば、それを描いた宿場の絵図は、広重が誕生した1797年から1958年までの宿命と、2013年までの日本の宿命を占う「命理風水の易歴図」と見ることができる(p43)
・蒲原の易歴の年:1857(安政4)ころには、1856年の真夏の江戸(7-9月)に雪が降った(p53)
・大磯の易年の年:1829(文政11)ころには、全国に大雨が降り、被害額は560万石(4兆2000億円)にも上った(p57)
・陰陽思想では、死の記号を「逆さま」にすることで、生者の世界に死の怨霊が入り込むことを防いだ、着物を左前、逆さ屏風、水にお湯を加えてぬるくする「逆さ水」は今も残っている(p64)
・49番目の坂之下の文字絵には「うんげん」の文字が隠されている、その山の姿は、現在の雲仙普賢岳とそっくり(p103)
・相撲の番付に「蒙御免」と書かれているのは、奉行の許可を得ているという証しの名残(p117)
・君が代が国家となったのは明治以降で、広重が生きたころは、婚礼など祝いの席で歌われる庶民の小唄や民謡に過ぎなかったが、起源は古く、古今和歌集に詠われている(119)
・土俵を覆う屋根の四隅は、青・白・赤・黒の四色の房が垂らされているが、それぞれ青龍、白虎、朱雀、玄武の4神を意味している(p122)
・昭和38年11月9日には、鶴見区の東海道本線で、脱線した貨物列車に横須賀線の上り電車が衝突・脱線した、飛び出した上り電車の1両目が隣の下り線を徐行していた下り電車に激突(p144)
・昭和30年(1955)11月には、日本民主党と自由党の保守合同が成立して自由民主党が誕生した、ここから一党独裁体制がスタートした(p150)
・道教の神仙思想が説く宇宙の全方位である、「六方(東西南北+天地)」、東西南北という二次元の方位に、天地のベクトルを加えた森羅万象を指すもの(p158)
・南北両極の上空には地球の直径の7倍もの巨大な「磁気の穴」が空いていることが判明した、太陽が極大期を迎える2012、2013年ころに巨大な磁場欠損による通信障害などが起きる可能性がある(p215)
・本来は温冷帯に生育する杉が温暖化によって植生を北へと移動させるために大量の花粉を発粉させているのであり、杉にとっては生き残りをかけた壮絶な戦い、このまま温暖化が進めば関東以南の杉は十数年で絶滅する(p229)
・アインシュタインは、もしもミツバチが地上から姿を消したならば、人類の余命は4年であると予言した(p250)
2011/7/2作成