・西ゴート族の族長オドアケルは、ローマ帝国の歴史に幕を引いた人物として名を遺した、それは少年皇帝を退位させた後に傀儡であろうとだれも帝位につけなかった、その代り東ローマ帝国皇帝ゼノに、彼の立場を認めてくれるように求めた(p14)
・ブルタニアにおいては、西ローマ帝国滅亡よりも前の410年時点で、覇権国の債務を放棄していた(p25)
・異教徒は、いまだキリストの教えに目覚めていない人であるが、異端の徒は、目覚めたのにそれを誤解して、それを誤解と認めずに信じ切っている人であり、目覚めさせる可能性は少ないとされる(p28)
・行政面のノウハウを全く持っていないフランク族は、敗者に頼るしかなかった(p29)
・重税を嘆く声は、蛮族支配下では聞かれなかったが、その後にイタリアを再復した東ローマ帝国皇帝の時代になって聞かれる(p42)
・オドアケルは、元老院に対しては銅貨の鋳造権を与える、教会に対しては、農園・手工業の温存と彼らの信仰の自由を保障することで味方にした(p45)
・ローマ帝国の皇帝であって後世から「大帝」の尊称つきで呼ばれるのは、コンサンティヌス、テオドシウス、ユステニアヌスの三人で、キリスト教会から認められることで共通(p109)
・ゴート戦役を境に、街道と並んでローマ人の成した二大インフラの一つであった水道も、水道から遺跡(兵士の潜入路)に変わった(p151)
・537年に、850年にわたって生きてきたローマの水道は完全に死んだ(p160)
・蛮族の来襲よりも、同じカトリックのキリスト教を信じるビザンチン帝国が始めたゴート戦役のほうがイタリアに与えた影響は大きかった(p208)