・もともとイギリスは、欧州の中では遅れた国で、羊毛や鉄鉱石、石炭を輸出している国であった(p63)
・債券発行、手形割引等の金融がロンドンに集まってきても、アムステルダムは商業・金融の中心地として、長らく力を持っていた、1819年にアムステルダム銀行(中央銀行として機能)が破綻してからロンドンが中心となった(p65)
・アメリカは南北戦争の中で、1862年から金兌換を停止して、グリーンバックという不換紙幣を乱発、インフレ後に1879年に旧平価で復帰した、日本は1897年に確立(p69)
・20世紀初頭の第一次世界大戦直前の頃の国際金本位制の実体は、ポンド本位制でありイングランド銀行がそれをマネージしていた、その背景にはGDPの7-8%にも及ぶイギリスの経常黒字が存在した(p71)
・第一次世界大戦の開始とともに金本位制は停止、各国で為替管理や貿易制限が行われたために、ポンドは大英帝国以外では紙切れ同然になった、アメリカは1917年に英仏に参加したため、米国からの購入代金として「金」がアメリカへ流れた(p73)
・ドイツ政府は1923年に、1兆分の1のデノミを行ったレンテンマルクに対して「ドイツの資本や土地を担保にして発行している」と述べたことが成功してインフレが収まった、さらに1924年に賠償額が大幅に削減されたことも一因(p77)
・1933年に始めたニューディール政策は、公共事業で景気を浮揚させようとした積極面があったが、農業補助金を大規模に出し、またドルを大幅に切り下げて世界経済にマイナスを与えた(p92)
・1971年8.15にニクソンは、ドルの金兌換停止、10%の輸入課徴金賦課、賃金物価の凍結からなる「新経済政策」を発表した、これがニクソンショックと言われる(p107)
・ドルも金に対して切り下げをして、1オンス=38ドルという新公定価格を定めた、輸入課徴金は廃止されたが、金兌換は復活しなかった(p108)
・1997.4に消費税を上げたが、7-9には消費は回復している、日本経済に致命的だったのは、増税よりも、11月の国内金融危機である、そのため消費が落ちて貯蓄率が一挙に上がっている(p174)
・途上国だけで結ぶFTAは、WTO/GATTの基本ルールに乗らなくて良い、つまり域内関税を全部ゼロにしなくても良い、ただし一国でも先進国が入るとゼロにする必要がある(p190)