suu3.jp 戻る

summary

カメラが撮らえた 明治・大正・昭和 皇族と華族

カメラが撮らえた 明治・大正・昭和 皇族と華族の写真

・明治天皇は孝明天皇の第2皇子として誕生、当時の皇子女の乳児死亡率は異常に高く、孝明天皇の先代の仁孝天皇には15人子供がいたが成人した皇子は一人(孝明天皇)、その前の光格天皇も17人中で一人(仁
孝天皇)のみという状態(p18)

・仁孝、孝明、明治、大正天皇までの4代は、たった一人の成人皇太子にかろうじて皇位を伝えてきている(p18)

・明治天皇の4人の内親王は、近代創設された宮家(竹田、北白川、朝香、東久邇)に嫁いで、王子にも恵まれている(p23)

・多くの宮家の源流となったのが、伏見宮家(p50)

・元帥陸軍大将であった守正王が、皇族でただ一人、A級戦犯として巣鴨プリズンに収監された、伊勢神宮の祭主であったため(p140)

・近衛公爵家は、公家の家格の頂点に立つ五摂家(摂政関白になる家柄)の筆頭で、皇室につぐ名門、本来の姓は藤原氏で中臣鎌足の子孫(p142)

・近衛文麿は昭和12-16年まで3度総理を務めた、天皇に上奏するときに、足を組むことを許されていた(p142)