・卑弥呼が殺された原因として、その時代に2回の日食があったがそれを卑弥呼は予言できずに権威を失墜、殺された(p24)
・ピラミッドをつくることで、労働した若者は、三平方の定理をしり、巨大な石を動かす技術をしり、重たいモノを持ちあげる道具を知ることになった(p29)
・古代エジプト人がキレイに見える形を考えているうちに、自然に黄金分割が図形の中に取り込まれたのだろう(p35)
・微分積分はニュートンがつくったというが正確でない、デカルト・パスカル・トリチェリ・カヴァリエリという人達の、考え方の流れの最後の詰めをニュートンが完成させた(p55)
・教育における数学の重要性に気づき、数学の4科目として「算術・幾何学・音楽・天文学」を選んだ、算術は静止している数、幾何は静止している量、天文学は運動している量、音楽は運動している数(p57)
・天文学者や数学者が10進法の位取りができるアラビア数字を使わなかった理由は、位取りができるバビロニア流の60進法には、細かい天文計算ができる小数点以下の書き方があったが、10進法は当時なかった(p65)
・東洋は陰陽の思想で、奇数が陽、偶数が陰、西洋でも奇数は割り切れないので、良い数と考える(p66)
・農作業の始まる月が1年の始まりで、年初は現在の3月くらい、日本でも1年の始まりは3月、太陽と地球の関係で起こる1年間の季節のズレの調整は2月で行った(p69)
・ピタゴラス派にとって、3と4を組み合わた数(足した7と、かけた12)は非常に大切な数(p83)
・計算ができる数字はアラビア数字のみ、それ以外の数字は基本的には記録用(p89)
・コペルニクスが地動説を提出したとき、ルター、カルビンのプロテスタントは一笑に付したが、カトリック系の科学者は研究しはじめた(p112)
・カノッサの屈辱(1077.1.25)において皇帝は破門を許されるが、その後反撃に移ってローマ教皇をバチカンから追い出す、さらにローマ市民によりローマからも追い出されて教皇は憤死した、皇帝も息子に裏切られ、ローマの町は荒廃していく(p121)
・キリスト教とイスラム教をつなぐ道は3つ、スペイン・シチリア・東ローマ帝国、これらの道を通って、イスラム教世界で発展した数学や科学がキリスト教にもたらされた(p143)
・ローマ時代、5惑星に対応する神様は、水星:商売の神マーキュリー、金星:美の女神ヴィーナス、火星:戦いの神マース、木星:最高神ジュピター、土星:農耕神サターン(p163)
・金曜日にキリストが処刑され3日後(日曜日)に復活、人間の罪を全て背負って磔になったキリストに感謝する日として、日曜日を神に祈り、神とともに過ごす日という意味の安息日とした(p168)
・天動説は、惑星の動きを記述するために 3000年間改良されてきたもの、太陽から各惑星までの距離もわからず、円軌道のモデルをつくったコペルニクスの地動説は、惑星の位置の計算の正確さでも天動説に負ける(p176)
・グレゴリオ暦は 1582年に施行され我々が使用しているが、カトリック国は採用したが、新教国はなかなか採用しなかった、カトリック国のほとんどは 1584年までに採用、ドイツは1775年、イギリスは 1753年、日本は1873年、ロシアは 1918年、中国は 1949年、ギリシアは 1924年である(p180)
・マヌ暦の最初の設定は、1月が現在の3月にあたるマルスの月、マヌ暦が改暦されると、1月をヤヌアリウス、2月をフェブラリウスにしたが、3月以降は変えなかったので、数字で命名した7~10月までの月がそのまま残って7月以降の月が、ラテン語の表す数値を2つずれた、7月も8月ももともとは数を表す名前がついていたが、シーザーとアウグストゥスが自分の名前を入れた(p198)
・3月から6月(当時の1~4月)は農作業とその実りを願う大切な時期なので、すべて神様の名前をつけた(p198)
・クリスマスイブに、クリスマスを始めるのは、夕方から一日を数える教会暦の方式に基づいている(p206)