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本当は怖い昭和30年代 〜ALWAYS地獄の三丁目〜

本当は怖い昭和30年代 〜ALWAYS地獄の三丁目〜の写真

・毎日白いコメを食べられるようになったのが、昭和30年代後半、当時の一般家庭のエンゲル係数は40%もあり、今の発展途上国なみ(p13)

・所得が上がったのは、大企業や官公庁に勤めている人達の統計であり、当時大多数の人の勤務先であった中小企業の統計ではない、多くの人は恩恵を受ける以上に物価上昇に苦しんだ、超インフレ社会、昭和36年の生活保護世帯は全世帯の28%で2009年よりも高い(p15)

・人口10万人あたりの自殺者は20人、平成10年が14.7人であることを考
えると多い(p21)

・人工妊娠中絶件数は、平成13年の3.4万件に対して、昭和30年は11.7万件、15歳以上の女性でみると割合で5倍も多い(p25)

・新生児死亡率は1000人あたり23人、乳児で41人(昭和31年)で、どちらも平成22年より20倍多い(p53)

・昭和37年当時の東京の被爆量は、56万ミリベクレル=0.1ミリシーベルトで、原発事故後と同じ数字だが、当時政府は「心配なし」と主張し、マスコミも黙っていた(p61)

・チェルノブイリ事故の29年前に、ソ連ウラル地方で原発事故が起きていたが、隠ぺいされた、事故の32年後の1989年に明らかにされた(p85)

・阪神大震災が起きるまで、昭和34年の伊勢湾台風による死者は一番だった(p89)

・暴力団員が記録上もっとも多かったのが昭和38年、団体は5200、現在は準構成員も含めて8万人ほど(p91)

・なつかしき夏の匂いは、腐ったドブの悪臭であった(p101)

・昭和30年、国立大学の入学金は400円、授業料は6000円、私立は同、2万円、2.5万円(当時の貨幣価値は現在の20分の1)、2000円で米が100キロ買えた時代(p113)

・昭和20年に7200万人だった人口が、昭和30年で8900万、40年で9800万人、増加分はすべて子供(p121)

・自動車1万台あたりの交通事故死亡率は35人、平成17年は0.8人なので、実に40倍であり、車は走る殺人マシーン(p131)

・大気汚染防止法が施行される昭和43年まで、レトロなマイカーの排気ガスは野放し状態(p137)

・自転車にも税金が課せられていて、明治4年に人力車から「道路修繕費」として取り立てたのが始まり、昭和33年まで続いた(p157)

・戦後の混乱期よりは少ないが、殺人事件・横領事件は、2倍・7-10倍であった(p177)

・東京の山谷、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町は、日本三大ドヤ街で、麻薬密売・売春・賭博など、非合法ビジネスの巣窟(p181)