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ぼくらの祖国

ぼくらの祖国の写真

・日本は太平洋戦争まで、2000年を超えて、外国に負けて国土を占領された経験が一度もなかった、これは世界の例外中の例外、負けた時にどうすべきかの練習も訓練もできていなかった(p25)

・どこの国の国軍でも、休暇中に国民を助けることができるが、日本の場合は事前に政府に「動いていいよ」と決めてもらっていなければ、助けようとして犯人を怪我させると傷害罪となる(p41)

・東北電力は例外にして、指示に従わず少数の技術者が津波への備えを主張して、政府の指導よりも5メートル高くしたので、ほとんど津波被害は無かった(p82)

・福島原発は水素爆発が起きたが、原子炉が吹き飛んだわけではなく、チェルノブイリとは異なる(p87)

・福島原発災害の特徴は、水素爆発の後、淡く薄い放射性物質が長時間、降り積もっていた事にあり、これがチェルノブイリと異なるし、1億分の1秒という短い時間に核分裂が始まり終わった原爆とも異なる(p98)

・福島第一原発は、海側に建物が並び、そのいちばん奥に、原子炉建屋がある。この構造が幸いして、津波は前段の建物は徹底破壊したが、それで勢いが削がれて原子炉建屋は破壊されなかった(p125)

・沖縄の「ひめゆり部隊」は、沖縄第一高等女学校と師範学校女子部でつくられた、第二高等女学校は「白梅学徒看護隊」をつくった、合計では9つの看護隊があった(p135)

・硫黄島の戦いは、6000万人が殺された大戦でもっとも悲惨な肉弾戦であった、アメリカ将兵の死傷者が、敗戦国日本の将兵のそれを唯一上回った、クリントイーストウッドは日本の映画をつくった、うち1本は日本の視点で制作した(p159)

・栗林中将の禁じた2つのことは、1)自決はするな、2)万歳突撃はするな、であった(p196)

・最初の竪穴と、毛細管のようなトンネルは、アメリカ軍が火炎放射器で焼くということをあらかじめ知ったうえで、炎を逃すためにつくった(p201)

・日本は1968年当時から、国連に「資源豊かな国」として名指しされてきた、石垣市の尖閣諸島の海底に、イラクと同等の原油があると報告されているので(p259)

・メタンハイドレードのなかでも日本海のそれは、微生物分解起源ではない、熱分解起源のものが多いとされる(p265)

・日本でハイドレードが存在する地図には、太平洋側が多いが、それは「どこにあるか」ではなく「どこを調査したか」である(p269)