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summary

マレーシア航空機はなぜ消えた

マレーシア航空機はなぜ消えたの写真

・現代のハイテク機は、コンピュータを駆使した自動化システムにより平常時であればパイロットはラクにフライトできる。その反面いったんトラブルが発生すると、何から手をつけていいかわからなくなり、パニックに陥りやすくなる(p18)

・1965年にシンガポールからマレーシアから離脱独立したのを契機に、マラヤ航空は両国政府の共有となり1967年にはマレーシア・シンガポール航空となった。1971年に共有が解消されて、分離。(p20)

・1977年当時の日本航空は機長全員管理職制度を導入していて、部下の副操縦士は上司に何もいえず、クアラルンプール事故を起こした(p27)

・MH370便と官制、マレーシア航空や政府とやりとりする手段として、無線・トランスポンダー・エーカーズの3種類がある(p66)

・対象の便の航跡や、燃料切れになった地点は、エーカーズにより当局側は把握していたと考えられる。(p74)

・何の連絡も無く航路をはなれて左旋回してインド洋方面にむかったこと、トランスポンダーのスイッチが切られたこと、事故ではなく事件の可能性が高いのに公表していない(p77)

・日本では事故が発生すると、国交省が所轄する運輸安全委員会と警察が同時に調査を始める、この方法はアメリカの方法ではない。他の部分(整備、飛行場、官制、パイロット訓練等)はアメリカ式なのに(p105)

・安全な航空会社の選び方として、アメリカのメジャー航空会社の、大型機で運行する便を推奨する(p112)

・現在の機長の航空法上の権限とは、出発時にすべてのドアが閉められた後は、到着していずれかのドアが開かれるまで、たとえ航空会社の社長であれ内閣総理大臣であれ侵す事が出来ない(p190)

・三人から二人乗りになったことで、航空機関士が受け持っていた業務を二人でカバーする必要が有る。そのためにグラスコックピット仕様を採用、全ての計器類を配置できないので、3種類のディスプレーに全ての情報を内在、表示をデジタル表示にした(p196)