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summary

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)の写真

・三航研は、理論的に都合が悪くなると「崇高な精神力は、科学を超越して奇跡をあらわす」と技術研究所なのに精神論で体当たりを主張した(p35)

・体当たり攻撃に用意された飛行機は、爆弾が機体に縛り付けられていて、操縦者が卑怯未練な気持ちになっても、爆弾を落とせず、体当たりするしかないように改装した(p45)

・陸戦のイメージから勇敢な司令官は最前線にいるべきだと思っていたが、航空戦では司令官は情報が集中する場所にいるべきであった(p65)

・第一回の攻撃には、万孕隊(ばんだたい)は、4機の飛行機に対して、援護戦闘機の隼が20機ついた、陸軍の誇る戦闘機は隼、海軍は零戦であった(p81)

・軍隊用語では一人称を「自分」と言わなければならなった、佐々木はそれを「私」」といった、それは彼の始まりが軍隊ではなく、通信省航空局であったから(p109)

・アメリカの特攻機対策として、戦闘機による三次態勢が取られていた、一波が約100機で時間差で三回、それをかいくぐった特攻機だけがアメリカ艦船に近づけた(p112)

・海軍特攻戦死者は、2525名、うち予科練出身者は1727名、エリートである海軍兵学校出身者は110名、大学での予備学生出身である予備士官と特務士官は、688名(特務士官は20名、ほとんどは予備士官)、陸軍は1388名、主力は大学出の特操と1943年以前入隊の少年兵(下士官)であった(p223)

・エリートである士官達は、技術論として特攻に反対する人が多かった、祖国を愛する熱烈な天皇崇拝者であったが、それと作戦として「無意味な」特攻をすることは別であった(p225)

・特攻の成果として明確なのは、正規空母・戦艦・巡洋艦の撃沈はないこと、護衛空母は三隻撃沈しているが、護衛空母は脆い、駆逐艦は13隻(p241)

・日露戦争以後、新聞社は戦争が商売になることを知って、軍部に協力していく、最後まで日露戦争に反対していた平民新聞は、発禁が続いて最後には廃刊となった(p256)

・ダメな人ほど「心構え」しか語らない、心構え・気迫・やる気は大切であるが、それしか語れなのはリーダーとして中身が無い、本当に優れたリーダーは、リアリズムを語る。現状分析、今必要な技術、敵の状態、対応策、これらを具体的に語る(p262)