・日本政府は、東アジアの解放の意を込めて、この戦争に「大東亜(東アジア)戦争」と命名する閣議決定を行いました、ですから当たり前の話ですが、父祖たちは「太平洋戦争」を戦ったのではなく「大東亜戦争」を戦った(p11)
・企画院は、大東亜物流圏としての南方圏、すなわち東南アジアには、戦争遂行上の最重要物質である、石油・ボーキサイト・生ゴムが十分に現存すると見解を出している。ただし、コバルト、水銀、銅、鉛、黄麻、タンニン(接着剤)、羊毛、綿花等の重要物質は南方圏にも現存せず、節約しても2年しか持たないと分析されていた(p41)
・石油について言えば、大東亜戦争初期の蘭領東印(オランダ領東インド=インドネシア)の獲得により、当初の計画よりはるかに上回る量を数年にわたって確保できた。だから連合艦隊が大海原をあちこち動き回れた(p51)
・陸軍では必要年間戦費を、第一次世界大戦の倍と仮定している、すなわり英国の必要年間戦費は40億ポンド(800億円)、米国は200億ドル(800億円、当時の日本のGDPは、200億円)としている、英国の戦費はほぼシミュレーション通りだったが、米国は2倍ではなく、10倍に達した。この金額は、日本の戦費の6倍、英国の戦費の5倍の規模であった。(p75)
・短い自給期間で、最大軍事供給力=最大抗戦力を主として英国に対して集中発揮すべきである、それによって英米といったん講和に持ち込み、次の戦いに備えて自給自足可能で生産力を増強し得る広域経済圏の充実、発展を図る意外に我が国の道はない(p124)
・大東亜戦争は、あくまで大東亜(東アジア)の戦争であり、太平洋の戦争ではありません。これは極めて大事な点です。しかしながら、連合艦隊に振り回された海軍の戦術は、この点を大きく逸脱する(p145)合理的な大東亜戦争の戦争戦略、副案の機軸を成す西進戦略を壊したのは、山本五十六連合艦隊司令長官であった(p167)
・日本は潜水艦に対する認識不足も悔やまれる、彼らにとって潜水艦は主として戦艦や空母から成る艦隊周辺を航行して艦隊を守るためのもの、ドイツ並みに早くから海上輸送破壊戦の主役を潜水艦を位置付けて充填化するという着意はなかった、ドイツ軍から見て日本海軍はこの面で非常にもどかしさを感じる同盟相手であった(p176)
・陸軍は攻勢の限界を越えることを恐れた、陸軍はジャワ占領によって第一弾の戦略目標は達成されたので、概ねその線で長期自給態勢を固め、連合艦隊の主力をインド洋に指向し、インド脱落、西アジア(ペルシア、イラク、アラビア)に資する作戦のみにすべきと主張した、至極真っ当な正論である(p178)米英ともに、日本軍が西進し、インド・中東におけてドイツと出会い、枢軸国による世界制覇が半ば達成されることを恐れた。日本海軍は、脇目も振らずインド洋方面に展開すべきであった(p181)
・ガダルカナル作戦の失敗により、日本の国力から、その後この損失を回復することは不可能であった、ここにインド洋作戦を始めとする西進戦略は全て崩壊、日本の戦争戦略は完全に破綻した(p189)