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summary

連合艦隊・戦艦12隻を探偵する

連合艦隊・戦艦12隻を探偵するの写真

・戦艦の本質は「抜かれざる名刀」であることにあった(p2)

・日露戦争の黄海海戦や日本海海戦の頃は、指揮官は先頭で、先頭の艦に司令長官が乗っていたが、太平洋戦争のときは逆転している(p31)

・戦艦の名前のつけ方は、日本各地の国名、巡洋戦艦等は山の名前、軽巡洋艦は河川の名前(p32)

・太平洋戦争の後半に無敵だったアメリカ海軍が損害を受けたいちばんの敵は台風(p41)

・日本海海戦はかなり詰め寄って撃たせているので当った、太平洋戦争は射程距離ギリギリに退がっているので当らない(p51)

・金剛は英国製だが、そのあとの三隻(比叡=横須賀造船所、榛名=川崎、霧島=長崎)は国産(p56)

・以上4隻は太平洋戦争でよく働いた戦艦であった(p61)

・航空母艦と戦艦が並んだら、戦艦の艦長のほうが先任者であり守られるのは戦艦、守るのが空母(p63)

・96陸攻と1式陸攻で、新鋭戦艦「プリンスオブウェールズ」を沈めた、その時に巡洋戦艦「レパルス」も沈めた(p86)

・金剛型戦艦の名前は、4隻とも自衛隊のイージス艦で復活した、すべて「ひらがな名」で(p114)

・ミッドウェー海戦において、潜水艦「伊168」が米空母「ヨークタウン」に魚雷を打ち込んで沈めた戦闘は命がけであった、燃料残量が呉に着いたときに1トンのみ、これはほぼゼロの量で奇跡的な帰還(p154)

・潜水空母(伊400,伊401)は、海底を潜航していて、パッと浮いて攻撃機を飛ばすもので日本のみが造った(p186)

・陸奥と長門というのは本州の北と南、伊勢と日向は神話のセット、扶桑と山城な古代の日本の総称、大和と武蔵は西と東の都(p198)

・艦砲射撃を最初に行ったのは、アメリカではなく日本、戦艦「金剛」「榛名」のガダルカナル島ヘンダーソン飛行場への砲撃(p241)

・大和の間違いは、1)魚雷な2本までしか当たらない、2)レーダー、特に射撃レーダーがなかった(p270)

・大和の沖縄出撃時には、菊水特攻作戦のために、九州に数百機の戦闘機が集中していたが、直衛戦闘機をつけなかった、10数機の戦闘機が途中までついていって引き返した(p294)